第040話 救った者、救われた者

 おお、グロいグロい。


 自分でやっておいてなんだが、『呪怨顕現イムプレカティオー』に取り込まれるディケンスさんの様子はなかなかに18禁である。


 痛みを消されているせいか、絶叫の後半がなんか笑みたいになっているあたりがマジで怖い。因果応報の生きた――死につつある見本とはいえ、自分はあんなふうには死にたくないなと勝手なことを思ってしまう。

 だれかに『呪怨顕現イムプレカティオー』使われたら、その中にはディケンスさんもいるんだろうなと思うとちょっと背筋が寒くなる。


 まあしょうがない、明確な敵対者は排除すると決めたのだ。


 見逃した敵がどこで何をするかまで追い切れない以上、味方や潜在的な味方になり得るヒトたちの安全を優先するのはまあ、間違っちゃいないだろう。

 それに直接手を下すかそうでないかの差だけで、今日だけで俺の意志は三桁のヒトをこの世界から退場させている。


 多少不謹慎であろうが、笑い飛ばしでもしなければ

 ……いや正直なところ、意外と平然としている自分にぞっとしなくもないのだが。


 とりあえず「敵対者は排除」の理論を自分で拡大解釈して、冒険者ギルドで絡んできた人とか、勝手にどう見ても悪人でしょ? って人たちを見境なくすることにならないようにだけは注意するべきだな。


 排除の定義にもよるが、そうなったらもはや生ける災厄そのものだ。

 今だってそう変わらんのじゃないか? という件はひとまず置く。

 

 とりあえずじっと見ていたいものでもないので、踵を返してアルフレッドさんたちの方へ行くことにする。


 お詫びと、お願いをしなきゃならない。

 この状況に引いていなければいいのだが……


 殺されるわ再生させられるわ、その後にこの惨劇とくればそれは無理というものか。


 案の定歩をそちらへ向けた俺に対して、アルフレッドさん以外全員が物理的にすこし身を引いている。堪えたアルフレッドさんが凄いというべきなんだろうか。


「ヒイロ様。――その御姿では引かれてもやむなしかと」


 俺にしか聞こえない小声で、脇に浮かび続ける表示枠から『管制管理意識体ユビエ』が忠告をくれる。

 

 あ、『合一ルベド』を解除するのを忘れていたか。


 虚仮威コケオドしだけど魔力渦巻いてるし、このまま近づいただけでダメージ在りそうだもんな、俺命名『魔モード』


 実際至近距離にいるだけでHP・MPをドレインしたり、麻痺を含む状態異常付与したりする常時発動型スキルは満載なんだが、今のところその手はすべて切っている。

 味方にも作用することが判明しているので、『合一ルベド』時のヒイロであればともかく、『黒の王ブレド』時は高位のしもべたちにも通るので洒落にならない。

 

 最初の会議の際、一桁ナンバーズの皆様のHPの約一割を削っていたと知らされた時には、「言ってよ!」と素で叫んでしまった。

 自動的に解除されているらしい『謁見の間』以外では気を付けなければ、「味方殺しのブレド」とか呼ばれかねない。


「すいません、ええと何から話せばいいのかな……」


 『管制管理意識体ユビエ』の忠告に従い、『合一ルベド』を解除して「レベル6の魔法使い」であるヒイロに戻ってから話しかける。


 みなさんホッとした表情を隠さないのは、それなりに『魔モード』の見た目はハッタリが効いているということか。――いいぞ。


「その前にまずはお礼を言わせてもらえないだろうか。ヒイロ……殿がわたくしたちを――生き返らせてくれたのだろう?」


 アルフレッドさんが常のふざけた様子を一切封印して真面目に聞いてくる。

 この人の素はやはりなのだろう。


 演じる必要がない相手には素で接する。

 いや今は素というよりも、恩ある人間に対する畏まった態度というやつか。


 初対面の時引いたのは自分のくせに、それはそれで味気ないなと思ってしまうのは勝手なものだ。


 生き返らせて、の下りで六人全員の体が硬くなることはしょうがない。

 ついさっき、本当に死んだのだ。

 その痛みも、恐怖もまだまだ生々しいものだろう。


「正確には、エヴァがですけどね。エヴァこっちおいで。ベアトリクスも。ええと……」


 どちらにせよ説明せねばならないと思って、二人を呼ぶ。


 どう言ったものかと思っていると――


「ヒイロ様のしもべ、エヴァンジェリン・フェネクスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「同じく主殿のしもべ、ベアトリクス・カミラ・ヘクセンドールと申します。よろしくお願い申し上げる」


 ――ちょっと見たことがないの笑顔を浮かべ、二人が優雅に挨拶をする。

 

 なんだかいつもと態度が違う。

 というか王族とか貴族の女性っぽい対応だ。

 頭を下げた際に、肩に零れ落ちる髪すらも計算の内と言わんばかりの完璧さ。


 曰く――妖艶。


 なにこれ。


 というか直球でしもべって。

 仲間とかなんとか、そういう言い方はなかったんだろうか。

 しもべ発言に対して、明らかにアンヌさんはじめ女性陣が引いている。


 二人にしてみればそう言うしかないのだろうけども。

 妻ですとか言い出さなかっただけ、マシなのかもしれない。


「……で、では、エヴァンジェリン殿に御礼を申し上げれば?」


 おおう。


 さすがだな、美人なんて見慣れていると言わんばかりだったアルフレッドさんが気圧されている。

 というかちょっと顔が赤くなっている。


 そうだよなあ、初対面ならそうならざるをえないよな。

 俺だって毎晩、至近距離に来られると未だに顔が熱くなるもの。


 美人は三日で飽きるとかいう俗説には、否定的な立場をとらせていただく所存である。

 飽きるどころか慣れることもできないとあれば仕方あるまい。


わたくしはヒイロ様の御命令に従っただけですので、御礼であればヒイロ様へ」


 いつものたどたどしさなど欠片も見せず、アルフレッドさんににっこりと微笑んでエヴァンジェリンが告げる。


 ぬ。


 何だこの感じ。


 わかってはいるが認めない。


わたくしと私の仲間の命を救っていただき感謝致します。命の恩は命をもって返すべきもの。非力な我らですが、できることであれば何でもご命じ下さいますよう」


「やめてくださいよアルフレッドさん。そんなに畏まられても困ります」


 だが直接救ったエヴァンジェリンにそう言われ、アルフレッドさんが膝をついて堅苦しい感謝の言葉を俺に告げてくる。

 感謝してもらうのはまあ当然だろうし、お願いもあるから願ったりともいえるのだが、こんな態度を続けられても肩が凝る。

 

 初対面の時のようなテンションは勘弁してほしいが、アンヌさんも好む素の態度で接してもらった方が俺としてもやりやすい。


「失った命を再び与えていただいたのです。大恩人に対する態度として当然の事です」


「ではその恩人として、その態度は止めてくださいとお願いします」


 言わんとすることはわかる。


 俺だって命を救ってくれた相手には、そう簡単になれなれしい態度を取ることなどできない。

 であればその恩人の命令として、いつも通りにしてくださいというのが納得としての落としどころにしやすいはずだ。

 

 俺ならそうだし、ここは多少子供っぽい言い方になってしまっても仕方がない。


 死から帰還したアルフレッドさんの最初の言葉が、俺に対して「逃げろ」であったこと。

 その言葉に続いてアルフレッドさんのパーティー全員が、絶対に敵わないとわかっている相手ともう一度戦おうとしてくれたこと――時間稼ぎだけのために。

 アンヌさんが震えながらでも俺に「逃げてね」と言ってくれたこと。


 俺にしてみればそれで充分なんだが、それは言わぬが花なのかもしれない。


 もしも俺がアルフレッドさんの立場なら、実効性のないそんな行為に意味なんかないと思ってしまうのも理解できるのだ。

 だとすればこれは彼我の立場が変わらない限り、本音だとしても押し付けになりかねないことだろう。

 言った者だけが気持ちよくなる言葉は秘すべきだと、じいちゃんも言っていたしな。


「貴方がそう言うのであれば…………わかったよ、ヒイロ君」


 俺の言い方に対してでも、しばらく俺の目を見てじっと沈黙していたアルフレッドさんが、根負けしたような溜息と共に了承してくれる。


 お互いの立場で、どちらのを通すべきかを冷静に判断してくれたのだろう。


 こういうところはさすが大貴族の嫡男というべきか、未だ十代とは思えないところだ。

 俺なんてその年頃であれば、自分が正しいと思うことこそが絶対で、それを叩き付けて相手が黙ることを「論破した」などと思い上がっていたあたりだろう。


 いかん自虐でダメージをくらうのは、いい年をした大人のすることじゃない。

 肉体年齢は十代前半ではあるのだが。


「……お二人とも凄い美人、というかここまで来ると麗人とか神人とかの域だね。……いい。すごく、いい」


 スイッチを切り替えたアルフレッドさんが、俺にしか聞こえないような小声で話しかけてくる。

 実際、僅かとはいえほほが朱に染まっている。

 

 なんだと? いいと言ってもあげないですよ?


わたくしのこと、というかヒイロ君以外は心の底からどうでもいいというのがものすごく伝わってくる。それでいてあの丁寧な態度、ヒイロ君が良しとする相手であればたとえチリに対してであっても礼儀は守る……どんな馬鹿にでもそれがカタチだけだと伝わるように。――素晴らしい。ぞくぞくするよ」


 こちらの悋気やきもちに気付くでもなく、うっとりとした表情で割とろくでもないことをのたまっておられる。


 いやそれ礼儀守ってませんよね?

 失礼ですよね?


 ええ? アルフレッドさん、そういう方向のヒトなの?

 大貴族で美形に生まれると、そういう性癖持ちになっちゃうものなんだろうか。


 驚きを顔に出してしまった俺に対して、アルフレッドさんが悪戯っぽい笑顔を向ける。


 あ、これからかわれたのか?

 生き返った直後なのにこの胆力はすごいと思う。

 おのれ、実年齢では俺の方が上なのに完全に一枚――では済まないくらい上を行かれている。


 そうすることで本当に俺が望んだとおり、今までの態度で接することを示しているのがなんというかこう、巧いと思ってしまうのが悔しい。


 とりあえずまたぎこちないアンヌさんやパーティーメンバーのお姉様方ともお互いに紹介を済ませる。


 『千の獣を統べる黒シュドナイ』の挨拶に対して女性陣が目を輝かせるのは、やはり小動物は人気ということなのだろうか。

 流暢に話す小動物って、慣れるまではわりとキモいと思うんだが女性はそうでもないらしい。


 たしか人語を解する魔物モンスターは『魔獣』として恐れられるらしいから、人前で話すことを警戒させてたはずなんだけどなあ。


 まあどのみちこれから人外集団である我々『天空城ユビエ・ウィスピール』についてある程度説明しなければならないし、それどころか今後一緒に暮らしてもらうようなお願いをせねばならないのだ。


 そして『鳳凰エヴァンジェリン』の「再生」を受けた影響で、アルフレッドさんたち自身も、すでに普通のヒトから逸脱した存在になってしまっていることを詫びなければならない。

 

 そう考えれば、わかりやすい『魔獣』である『千の獣を統べる黒シュドナイ』に対して、女性陣が好意的なのは喜ぶべきなのかもしれない。

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