第041話 ヒイロのお願い①

「しかしエヴァンジェリンもベアトリクスも、あんな話し方できたんだね」


 本当に意外だったので二人に聞いてみる。

 知らない側面があるというのは面白くもあり、何というかこう、な面もあり。


 実際に話せるようになってまだひと月もたっていないというのに、不思議なものである。


「おどろい、た?」


「慣れぬがな」


 俺に対してはいつも通りか。


 二人にしてみれば俺に見せる態度こっちこそがであって、場に応じて求められる態度を取ることなど造作もないということに過ぎないのだろう。


 わりとほっとしている自分に笑う。


 うちのしもべたち、実はみんなこんな感じなんだろうか。

 なんか「オレサマオマエマルカジリ」みたいな連中も結構多そうなんだが。


 一度全員と直接謁見()する必要があるかもしれないな。


 とりあえずエレアとセヴァスとは一緒に呑んでみたくはある。

 個性で殴り合いしているような組織の中間管理職の愚痴は、聞く分には面白そうだ。

 自分がその長である以上、聞いたら聞いたで頭を抱えることになる可能性もあるが。


「私たちもおどろいた、よ?」


「主殿が、なんというかその……そんな感じなのは正直、意外だったゆえな」


 エヴァンジェリンの唐突な告白に、ベアトリクスがフォローを入れる。

 この辺の役割分担はもうお約束なんだな。


 それはまあ、そうでしょうね。


 『しもべ閲覧モード』時の記憶は無いっぽいから、『黒の王ブレド』の見た目で沈黙を守り、血も涙もなく最高効率で世界を幾度も蹂躙した主がある日突然、今の俺みたいになったらそりゃ驚きもするだろう。


 『黒の王ブレド』は俺あるが、当然俺そのものではない。


 今のところ『黒の王ブレド』とヒイロに見せる態度に問題は感じられないが、しもべたちの絶対服従と好意はあくまで『黒の王ブレド』に向けられたものであり、そのものにではないということは忘れるべきではないかもしれない。


 この世界で言葉もなく君臨していた『黒の王ブレド』を絶対とするならば、今その中に宿っている俺は異物であるかもしれない。たとえ『黒の王ブレド』の行動をすべて決定していたのが俺であったとしてもだ。

 

 まあ『黒の王』もこのヒイロも、俺から生まれた存在であるのは間違いないし、あまり深刻に考えることもないのかもしれないけれど。


「僕にもそんな風に話せるの?」


 そんなことよりも今はこっちだ。

 必要だと判断するか、俺の命令があればするんだろうなと思いつつ問うてみる。


 別にそんな深い意味があるわけでもない。

 素で接してくれる方が嬉しいしね?

 ご主人様扱いをしてほしいとかじゃありませんよ? ほんとに。


「ヒイロ様の御命令なら、呼び捨てだって、する よ?」


「ためしにしてみて?」


 エヴァンジェリンが逆方向で意外なことを言ってきた。

 いつもの様子もいいけれど、距離感近い感じも確かにいいかもしれない。


 意にそまぬ無痛化もふくれっ面ながら従ってくれたのだ、この指示も受け入れてくれるだろう。


 それがでなければ意味がないことくらいは理解しているが、聞けるものなら聞いてみたいので頼んでみる。


「――ヒ、イロ?」


 躊躇いがちに白いかんばせを朱に染めて、上目遣いでなんかすごいのが飛んできた。


 これはやばい、こっちも赤面する。

 人前で何やってんだという思考さえ飛びそうになる。


 ――本名で呼んでとかトチ狂ったことを言ったら、さすがにドン引きされるんだろうか。いやただの意味不明な妄言になるだけか。


「……左府殿はいろいろとずるいと思うんじゃがどうか」


 ベアトリクスが半目で口を横に開いて、俺に問うてくる。

 心の底から同意する所存である。


 かまえかまえと騒ぐわりには、ベアトリクスはこういうあたり不器用というかどんくさいもんな。それはそれでいいのだが。


 こういう時、『千の獣を統べる黒シュドナイ』は猫になりきると決めているらしく、視線を投げるとあさっての方向を向いてにゃーんときた。

 お前さっき一喝したりしてるんだから、今更「ただの猫です」は通じないぞこのやろう。


 仲間内で馬鹿をやっていると、アルフレッドさんのごほんというわざとらしい咳払いが聞こえる。

 

 助かります。話を本題に戻しましょう。


「……私たちは、知ってはならないことを知ったんだね?」


 呆れ顔を出さないようにしているためかどうかはわからないが、ごく真面目な表情でアルフレッドさんが問うてくる。

 俺を含む少々間抜けな『天空城ユビエ・ウィスピール』勢もスイッチを切り替えてアルフレッドさんたちに向き合う。


 アルフレッドさんの質問はあれやこれやと枝葉を問うてくることはせず、核心を端的についてきている。


 頭のいい人というのはこうだから助かる。

 この場で得た情報から、仮説を構築し、ほぼほぼ正しい答えに到達している。


「ええまあ、そういうことになります」


「やはりね。では私たちはどうすればいいかな?」


 よって余計な会話が生まれない。

 説明すべきこと、していいことの判断もこちらに委ねるべきだとわかっているから、ばくっとした質問でこちらの具体的な指示を受け入れる姿勢を見せてくれる。


 接する態度を今のようなものに戻す前、アルフレッドさんが言った「自分たちにできることであればどんなことでも協力する」というのは本気なのだ。


 アルフレッドさんはその約束を違える気はないのだろう。

 だけど今から俺のするお願いは利もある反面、アルフレッドさんの想定の斜め上を行っていることも間違いない。


「できれば今からする説明を聞いてもらった上で、僕たちがお願いすることを受けていただければ、とても助かります」


 まずは大前提となる説明をきちんとする。

 すべて話すことは当然できないが、それをしなければ話が前に進まない。


 最初に我々が『天空城ユビエ・ウィスピール』というくなど――この世界にとって異界から来た存在であることを話す。


 ここは少々誤魔化した。

 百回も世界を好き放題して繰り返しているとか言っても、この世界の中の人には理解できないだろうしね。

 ただ先日、アーガス島の上空でいろいろやらかしたのは自分たちだということはきちんと説明する。


 次にヒイロオレはその首魁である『黒の王ブレド』がヒトの姿をとったものであること。


 そして『天空城ユビエ・ウィスピール』は無条件にヒトの世界の味方という存在ではないが、できるだけ多くの価値観が近しいヒトたちとは仲良くやっていきたいと思っていることを説明する。


「ヒイロ君の価値観というのがどういうものか、聞いてもいいかい?」


 ここで予想通り、アルフレッドさんからの質問が来た。


 ここまで黙って聞いていてくれたのは、一連の出来事からアルフレッドさんが構築した仮説から大きく外れていなかったからだろう。


 ヒイロは『黒の王天空城の首魁』がヒトの姿をとったものだという発言にはさすがに驚いていた。

 分身体などと言われても意味が解らないだろうが、さっき見せた『魔モード』がかなりの説得力を持たせたのは間違いないだろう。


 異界から来たのどうのも意外だったかもしれないが、先日の『九柱天蓋ノウェム・カノピウムズ落とし』の下手人が俺たちだとはほぼ確信していたことは間違いない。


 あの時『管制管理意識体ユビエ』とセヴァスが不要な犠牲を出さないように動いてくれていて本当に助かった。

 あれが無差別虐殺事件となっていれば、この質問にたどり着くことなく決裂している可能性が高かっただろうし。

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