第032話 連鎖逸失①

「さて、どうだったかな? わたくしたちのパーティーは」


 第五階層の最奥。


 通称『階層主ボスの間』までを同行し、到着と同時にアルフレッドさんたちのパーティーに対する感想を聞かれた。


 つい先日、『黄金林檎アルムマルム』のパーティー、つまりヴォルフさん達が階層主ボスを撃破し、第六階層への道を開いたばかりなので、当然まだ再湧出リポップしていない。


 再湧出リポップまでは安全地帯となるのが『階層主ボスの間』のいいところだ。迷宮内で期間限定とはいえ完全に安全確保できるのは、此処くらいと言ってもいいだろう。それ以外は確実に「哨戒当番」を立てる必要がある。


 とはいえどう答えたものか――


「正直凄いですね。これならやり様によっては『連鎖逸失ミッシングリンク』も何とかなるんじゃないですか?」


 濁す必要も感じなかったので正直に伝える。


 これはお世辞や社交辞令といった類のものじゃない。

 戦闘能力という点においては、この世界のにいるヒトと比べれば突出したものをもっている俺の立場から見ても、正直にそう思えるほどのものだった。


 確かにレベル7というつい最近までの上限レベルで第五階層を攻略するのだから、レベル的に余裕があったのは間違いない。

 

 だけど護りに関してはアルフレッドさんが「盾役」である前衛二人に多重にかけて切らさない『絶対障壁アブスルトゥス』で基本無傷ノーダメージ

 攻撃に関してはアンヌさんが味方の大技に『防御貫通ペネトレーション』を確実に合わせることで大ダメージを与える。


 俺の『閃光レ・イ』による遠距離からの一方的殲滅には及ばないものの、パーティー戦闘として全く危なげなくこなしていく様は、常に「格上」との戦闘を想定していることをうかがわせるには充分なものだった。


 だから最初にアルフレッドさんが口にした、『連鎖逸失ミッシングリンク』からヒトを解放するという言葉になぞらえて、そういう感想を口にしてみたのだ。


 もっともアルフレッドさん達のステータスや使用した魔法、スキルの詳細情報を管制管理意識体ユビエが表示してくれていることを言うわけにもいかないので、ざっくりとした感想になってしまってはいるが。


 それとかなり便利な唯一ユニーク魔法と、プレイヤーでなければ先天的にしか獲得できない能力スキルであり、俺が取得を急いだものと同じ『レベル連動多重詠唱』を兄妹でもっているところも気にはなる。

 「天才」と呼ばれるには、それくらいの才能を持っていて然るべきだということは出来る。


 まさかあるまいとはおもう。


 それにもしもなら『レベル連動魔力回復上昇』も取るだろうし、熟練度による『無詠唱』や『即時発動』もなければおかしい。


 質問したら、逆になんでそこまでわかってるんだと、逆に質問攻めにされそうだしなー

 どうしたもんか。


「…………」


 だが俺の感想に対して、アルフレッドさんが驚いたような表情を浮かべている。

 いやアルフレッドさんだけではなく、アンヌさんやここまで常に無表情だったパーティーメンバーであるお姉さま方も初めて感情を表に出しておられる。


 なんか変なこと言ったかな?

 あんな強烈な出逢いで飛び出た台詞になぞらえることが、そんなに不思議なこととも思えないが。


「さすがは「魔法使い」とはいえたった一人の新人ルーキー冒険者個人に対して、あの『黄金の林檎アルムマルム』が友好同盟を申し込むだけのことはあるね、ヒイロ君。――に最初に言及したヒトは、私が声をかけさせてもらった多くの冒険者の中でもヒイロ君で二人目だ」


 やっぱりその表情の原因は、『連鎖逸失ミッシングリンク』に言及したからなのか。

 なぜそれがそこまで特別視されるのか、いまいちピンとこないがどうやらそうらしい。


 一人目が誰なのか気になるところだけど、ヴォルフさんなのかな?


「ヒイロ君は、現在の迷宮ダンジョンの……いや世界の状況をどう思う?」


「そういうきき方になるということは、どこかいびつを感じておられるのですね?」


 アルフレッドさんの軸足は『連鎖逸失ミッシングリンク』であることは間違いない。

 さっきの戦い方からしても、それに挑むことを前提にした組み立てをしているのだろう。


 冒険者界隈で異端視されつつも敬意や畏怖を抱かれているのは、不可能ごとに挑み続けているから故なのかもしれない。ヴォルフさん達『黄金林檎アルムマルム』が、大貴族の嫡男というだけで友好同盟を結ぶとは考えにくいしね。


 さっきもらった管制管理意識体ユビエからの表面的な情報だけではなく、もっと生きた情報を収集する必要があるかもしれないな。


「そうだね、問答を仕掛けたいわけじゃないから単刀直入に言おうか。――私は『連鎖逸失ミッシングリンク』は人為的なものだと疑っている」


「――っ!?」


 一周目のプレイヤーであっても、『連鎖逸失ミッシングリンク』が起こっていない遺跡や迷宮ダンジョンでレべリングをすればいいだけだったので、深く考えたことはなかった。


 だけど『連鎖逸失ミッシングリンク』が起こっていない、すなわちヒトの手が入っていない迷宮という図式が成り立つとすれば、アルフレッドさんの予測が当たっている可能性は高くなる。


「私が自分で経験した限りでは、迷宮ダンジョンというのはあたかもヒトを強化するために存在しているかのようだ。それが最下層でもないのに突然途切れるというのは不自然な気がするのだよ――子供の頃に、ふと思いついたことから未だに解放されていない」


 それは間違っていない。

 プレイヤーであった俺だからこそ確信をもって断言できる。

 確かに迷宮はそのために存在しているのだ。


 正確にはヒトではなくプレイヤーをだが、冒険者たちが迷宮を攻略しているという設定がある以上、そこを舞台にプレイヤーを含めた冒険者たちが成長していかなければ確かにおかしい。


 最序盤から多くの迷宮で『連鎖逸失ミッシングリンク』が発生し、アーガス島だけがその例外という状況は世界の内側に身を置いてみれば奇異な状況だと気付ける。


 ゲーム時代に冒険者プレイをしていれば、その辺の謎も解明できていたんだろうか。


「兄様は納得できないと、次にいけない方なのです」


 そう言ってアルフレッドを見つめて微笑むアンヌさん。

 ほんとうに兄であるアルフレッドさんを信頼し、慕っているんだな。


 さっきからずっと顔が赤いのもそのせいなんだろうか。

 ずっと一緒にいてそのテンションだとかなり疲れると思うんだが、それはそれで充実しているのかもしれないな。


「どこかに『連鎖逸失ミッシングリンク』をつなぐ手段があるんじゃないかといろいろ調べたよ。迷宮ではない地上の『魔物モンスター領域』なんかもね。だがどうしてもことは不可能だった」


 それはそうだろう。


 この時代、ヒトの手が入っている遺跡、迷宮ダンジョン魔物モンスター領域すべてで『連鎖逸失ミッシングリンク』は発生している。


 ここアーガス島の迷宮を除いて。


「それに迷宮ダンジョンが私の仮定通りに存在しているのなら、そんな回りくどいことはしないはずだ。最下層まで攻略しつくして、次の迷宮へというのならわかるんだけれどね」


「つまり、何者かの意志が働いている、と」


 きちんと説得力のある思考展開だと言える。

 アルフレッドさんが持ち得ぬ情報を知っている俺であれば尚のことだ。


 なにしろ俺の知っている情報のすべてが、アルフレッドさんの仮定を否定の方向ではなく肯定の方向へ補強するモノばかりだからな。


「まあ、荒唐無稽としか言えない『ヒトを強化するために迷宮ダンジョンは存在するのではないか』という私の大前提に従えば、ということだけれどね」


 そしてその大前提はこの世界における真実だということを、少なくとも俺だけは知っている。


 いや俺だけじゃないかもしれないという疑惑は常に持ってはいるのだが。


「どうして――この話を僕に?」


 俺の情報を得ようとするでもない。

 いまのところただ自分たちのパーティーの力を見せ、俺にこの話をしてくれただけ。


 どこにアルフレッドさんの利があるのか、ちょっと想定できない。

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