第033話 連鎖逸失②

「ふふふ最初に言ったじゃないか。ヒイロ君が私の好敵手心の友だと直感したからだよ!」


「兄様!」


 わりと真面目な流れになっていたから油断していたら、最初のノリで返答をくらった。

 うん、想定の斜め上を行かれると目が点になるというのは経験して初めて理解した。


 アンヌさんが怒ってくれたのでまあ良しとする。


「すまない。――『黄金林檎アルムマルム』がたった一人の個人に対して下から友好同盟を求める。そして正式な回状をまわしてまで監視を解くことに尽力する。そもそも監視をするべきだと、大手ギルドである『黄金林檎アルムマルム』他いくつもの組織が判断した魔法使い」


 ひとしきり笑った後、表情を真面目なものに切り替えるアルフレッドさん。


 やはりこの人のエキセントリックな言動は擬態なのだ。


 何のために「変人」――いやもっといえば「馬鹿が馬鹿なことをしている」と思わせたいのかは、この段階で訊いてもおそらく答えてはくれないだろう。

 それこそアルフレッドさんの言葉を借りるなら、本当の意味で好敵手にして心の友になる必要があるような気がする。


「また回状の文言が傑作でね。それだけでも私としてはヒイロ君とぜひ会いたいと思ったものさ」


 ここで再び、悪戯っ子のような表情を浮かべる。

 それを見てアンヌさんが頬をふくらましているのが可愛らしい。


 アンヌさんにしてみれば、お兄様を見ていたい、というのが本音なんだろうな


「……どんな文言かお聞きしても?」


 当然気になったので訊いてみる。

 アルフレッドさんはよくぞ聞いてくれましたとばかりに破顔する。


 ――うん、擬態は擬態なんだろうけど素の部分も多い気がしてきた。


「――その冒険者、取り扱いに注意」


 ――ヴォルフさんめ!!!


「はっはっは! 本音のところだと思うよ、たぶんすべてを語ってはいないだろうけどね」


 俺の表情を見て、我が意を得たりと笑う。

 その上で鋭い一言を添えるのも忘れない。


 俺に何らかの秘密があることを確信し、それを『黄金林檎アルムマルム』が知っていることもまた確信している。

 それでいて拙速に聞き出そうというようなことをせず、自分のスタンスのみを伝えてきている。


「いま世界を統べる――いや統べていると信じている連中が大騒ぎになっている先日の一件。それと同時に現れた大型新人魔法使いとは、私も友好同盟を結ぶべきだと思ったんだよ」


「それだけだと、先のお話をする必要性は薄くないですか?」


「御尤も。端的に言うと――」


 もしも俺がアルフレッドさんの立場であれば、おそらく同じことをするだろう。


 『連鎖逸失ミッシングリンク』に封じられて、レベル7以上の成長が望めない。

 その状況で発生した異常事態――『凍りの白鯨』襲来と、それと同時に現れた規格外といっていい魔法使い。


 アルフレッドさんは最初に確かに言っていた、稀代の天才魔法使いだ、と。


 つまり――


「私の宿願である『連鎖逸失ミッシングリンク』の突破に力になってくれそうな存在とは誼を結んでおきたかったんだよ。冒険者として強くなる、富を得るという意味だけじゃない。『連鎖逸失ミッシングリンク』を繋げない限り、世界はいつ終わってもおかしくないんだと、きちんと認識してくれている冒険者が多いに越したことはない」


 ――違ったか。


 いや、今の段階ではまだいうべきではないと判断しているだけかもしれない。

 それに言っていることは尤もだ。


 先日の事件で、そう認識してくれる人が増えればいいんだけどね~、などと本来の調子に戻って話しているアルフレッドさんに、隠し事があるようには見えない。


 だがもしもアルフレッドさんも外の存在プレイヤーであるとすれば、中の人が俺よりも一枚も二枚も上手、人生経験豊富な人間である可能性も高いので油断できない。


 もしもそうなら揺さぶるようなキーワード、例えば「T.O.T」――Theatrum Orbis Terrarumや「プレイヤー」という言葉を俺が口にしたとて動じる様子を見せることはないだろう。


「――納得しました」


 ここは俺もまだ踏み込むべきではない。


 今ここでこちらから踏み込むことに、俺にも『天空城ユビエ・ウィスピール』にも利があるとは思えない。


 しかしこれ、アルフレッドさんが本当にこの世界のヒトだとすると、かなりすごいヒトになるよな。

 世界の内側から、それが当然と思われていることに疑問を持つことは難しいと思うから。


「ではこれからも互いに強化に励むとしよう。私もいろいろと考えてきたが『連鎖逸失ミッシングリンク』が発生していない新階層が発見されたからには強化が最優先だ。また行き詰った時に考えることにするよ」


 確かにその通りだ。


 どのような仮定をもっているにしても、現状はその『連鎖逸失ミッシングリンク』が繋がっている状態なのだ。


 渇望していた状況が現出しているからには、今使うべきは頭ではなく体、思索ではなく行動が求められる時間帯であることに間違いはない。


 その状況下でも俺に接触することを優先したということは、覚えておくべきだろう。


「お気をつけて」


「ありがとう」


 するべきことをしたアルフレッドさん達は、この『階層主の間』から第六階層へ攻略を進めるのだ。

 どうやらアルフレッドさん達のパーティーは夜型の御様子。


 ――俺とは逆だな。


 最後まで丁寧な別れの挨拶をしてくれたアンヌさんを見送り、忠実なるしもべに声をかける。


「――『千の獣を統べる黒シュドナイ』」


「は! 我が主マインフューラー


 アルフレッドさんがプレイヤーであれそうでないのであれ、今まで俺の方針・方向性に存在しなかった思考要素を与えてくれたのは確かだ。


 そしてそれはけっして与太話の類ではないと、俺自身が判断した。

 

 善意にはそれ以上の善意をもって応えると俺は宣言している。

 俺はそれを違える気はない、誰が見ても聞いてもいなくてもだ。

 今のままのヒイロでは可能性も考えられる。


 前周では、アルフレッドさん達は早期にここで「行方不明」になっているのだ。

 必要以上に世界の辿る未来を変動させないため、その事実を変えないままその原因を叩くにはどうするべきか。


「少し育成を急ごうか。そして我ら『天空城ユビエ・ウィスピール』としての行動に、修正を加える必要があるかもしれない」



 よって本日は、残業攻略に突入します。

 なお残業代は支給されます。

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