第035話 惨劇②
「最大警戒しつつ後退! 第五階層まで速やかに撤退する!」
『
それに従い、流れるような動きで迅速な撤退行動に入る
余計なことは言わない。
下手に粘ったりもしない。
せっかく『
自分たちでも倒せる
だが今はまず生き延びることが最優先されることを、『
そして最悪の事態とはいえ、自分たちであればこの状況からでも生還できることを経験として知っている。
だからこそこの状況で最適と思われる行動を、一糸乱れずに取ることができているのだ。
だがそれは、今まではそうであったというだけのコト。
いつもそうであることが、次もそうとは限らないという事実を警戒したからこそ、アルフレッドたちは『
そして本当の最悪の事態とは、唐突に訪れることを身を以て知ることになる。
「――っがぁ!!!」
それと同時に5人の耳に届く、聴きなれた声。
だけどこんなふうな響きを耳にしたことは、仲間内の誰もない声のような音。
後退の場合、先頭となる短剣遣い――ジゼルの声、に聞こえた。
だけどいつも鈴の音のように可愛らしく響くものとは違い、低く歪んで濁っている。
「――ジ、ゼル?」
配置的に一番側にいたアンヌが、信じられないモノを見る視線を、
そこにはつい先ほどまでジゼルであったモノが倒れ伏し、じわじわと赤い領域を広げつつある。
「へえ? 一定までの攻撃を吸収するか、それ以上の攻撃の場合は完全に無効化して消える障壁魔法か……やっぱり便利なもんだな、魔法ってやつは。――俺にゃあ無意味だけどよ」
ジゼルの死体の向こう側。
忽然と現れた、不吉な白い仮面をかぶった男が立っている。
声からすればそれなりの年齢。
一目で鍛え上げられたとわかる体躯は引き締まっており、その拳には禍々しい形をした
それはジゼルの血で濡れている。
「申し訳ねえが今日から此処は立ち入り禁止だ。機兵を配置するから普通の人間にゃどうしようもねえだろうけど……お前らちょっと厄介そうだな。――ここで死んどけ」
間違いなくヒトだ。
だが三重の『
「――っぁ」
あまりのことに叫び声をあげて何もできなくなるアンヌを護るように、盾役である二人が一瞬でその男へと距離を詰める。
恐怖も驚愕もあるが、そういう状況だからこそそれに引っ張られて動きを止めることが最悪の選択であることを経験で知っている。
だから動く。
だから動ける。
現在ヒトとしては最高であるはずのレベル7。
その動きは
ない
だが再び迷宮に
その一瞬で歴戦の冒険者であり、盾役として相当の防御力を誇っているはずの二人が地に伏せる。ジゼルの時のような声もない。
そして同じように、赤い領域がじわじわと広がり始める。
死体が三つに増えたのだ。
驚愕しつつも二人を攻撃している間に自分の攻撃を当てようとした弓遣いは、一瞬で後ろに回られたことを何とか感知するが、次の瞬間に三つ重なった金属音と共に先の二人と同じように地に崩れ落ちる。
四つ目。
「兄様……」
「アンヌ!」
呆然と敬愛する兄の名を呼ぶアンヌの胸からは、さっき目にした禍々しい
アンヌであったモノは言葉の代わりに大量の血をその美しい唇から溢し、地に打ち捨てられる。
これで五つ。
「貴様!!!!!」
「あー、そういうのいいから。死んどけ」
うんざりしたような口調で、激情にかられたアルフレッドの肚のど真ん中に連撃を突き入れる謎の男。
それは三つの金属音を瞬時に発生させ、四撃目がアルフレッドの躰を冗談ごとのように貫く。
――『
アルフレッドの思考が途切れる。
妹と同じように口から大量の血を吐き、天才と称された魔法使いはただの肉塊となって、自分のパーティーの中で最後に地に崩れ落ちた。
これで全滅。
夢も。
希望も。
後悔する暇すらも、何もない。
『
力なき者に世界が与える答えは、すべて死の形を取るのかもしれない。
「ふん。魔法使い様だか何だか知らねーが、運が悪かったな。封鎖された
世界に名だたる冒険者パーティーを壊滅させたことに何の感慨を持つこともなく、ただ嫌悪感を込めて吐き捨てる謎の男。
どういう手段を使ったものか、最初に忽然と現れた時のように何事もなかったように踵を返して
いつものように面倒くさい
そのはずだった。
だが――――世界は静止する。
ただの冒険者を見下し天罰気分で愚か者を処分したつもりの男に、それを認識できるはずもなく世界の一部として共に静止する。
そしてそんなことが可能なのは、この世界において一人だけである。
「うっわ! えらいことになってる!! ――エヴァンジェリン!」
「はあい」
本気で焦っている声のヒイロに、いつもの調子でエヴァンジェリンが応える。
その瞬間、黄金の炎が六つ生まれ、すでに死に支配されているはずの肉塊6つをそんなことなどなかったかのように再生させてゆく。
「間に合った? って言っていいのかこれ?」
「間におうとるじゃないか主殿。逃がしてはおらん」
「いや、あの、そうじゃなくてね?」
惨劇の現場に眉一つ動かすことなく、ベアトリクスがヒイロの疑問に答える。
ヒイロの疑問の本当の意味が伝わっていない。
何を言っとるのだ主殿は? という表情を素でしている。
「まいっか。助かるんだよな?」
「?」
ヒイロの質問に、いつもの仕草でエヴァンジェリンが何を言っているかわからないという顔を見せる。
『
いつものように付き従う『
『
それを自ら嬉々として行っていた『黒の王』でもあるヒイロが、つい数日前に知り合っただけのヒトが六人死にかけた程度で慌てるとなれば、シュドナイのような表情を浮かべるのも無理なからぬことと言えよう。
ヒイロとしてはゲームとしてしか体験していないので平然とできるわけもないのだが、
まあいいか、とヒイロは余計な思考を振り払う。
ちょっと刺激の強すぎた情景も見なかったことにする。
「さて。白姫、解いてくれていいよ」
『承知しました、
そして世界は動き出す。
深刻な惨劇をすべて、初めから無かったようにしたうえで。
そしてアルフレッドたちにとっての「謎の男」がそうであったように、「謎の男」にとって不可避の死を従えた存在と相対した形で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます