第107話 黒の王②
「なにがおかしい」
その態度に、挑発したはずの蟲の集合体が鼻白む。
お互い表情などわかりにくいアバター同士であるにもかかわらず、言葉に依らぬ意志の表現が通じるところが不思議ではある。
「それを言うなら、私たちのこの話し方も大概だと思ってな。私は下僕たちの手前もあるが、貴様にはそんな必要もなかろう。――こんばんは、初めまして。とでも挨拶をしようか?」
「…………」
『黒の王』と「蟲の集合体」がプレイヤーと元プレイヤーであるからには、この世界における己の力が何者かから与えられたものだというのは十分に承知している者の同士だということだ。
いまさらそれについて語るというのもさることながら、アバターとは全く違う中の人がいることをお互いに知りつつ、お互いのアバターらしい口調で話していることにおかしみを得たのだ。
だがそのブレドのいわば軽口に、蟲の集合体は何も答えない。
ブレドはまだ実感できていない。
現実化したこの世界で千年に近い時間をかけて「最先端時間軸」まで到達し、敗北して元となってからそれを幾度も繰り返していれば、アバターこそが己そのものとなるのかもしれないということを。
少なくとも蟲の集合体にとってみれば、中の人としての人生よりもこの世界で蟲の集合体というアバターとして生きた時間の方が圧倒的に長いのだ。
「世界を守護し、より良き方へ導く英雄気取りは楽しいか? この世界の誰も逆らうことのできない、与えられたに過ぎない力を振り回して」
「いちいち聞かねばわからんか? 愉しいに決まっているだろう。だからこそやっているのだ。与えられた力だとて使わぬ道理がどこに在る?」
蟲の集合体はブレドの軽口を無視したまま、プレイヤーとして世界を好きにすることに対しての非難を続ける。
だがそれは、蟲の集合体がこの世界で過ごした時間を思う時ほどブレドに感銘を与えない。
そこらあたりの「己の在り方」については、もうブレドは定まっているのだ。
「そうやって好き勝手した結果に、責任が取れるのか?」
「何をもって責任を取るとするのかが明確ではないな」
正直に言えばとれるわけがない。
だがそれは多かれ少なかれ、誰もがそうではないのかとも思う。
己が責任を取れるのはせいぜい、己自身とその身近な人に対してであって、すべてに責任を果たせるものなど誰も居はしない。
――だからと言ってすべてに無責任でいいというわけでもないが。
「……良かれと思ってしたことが裏目に出たらなんとする?」
「後悔するし、反省もするさ。事と次第によってはそこで終わることもあるかもしれんな。だがそれを理由に、なにもしないという選択肢を選ぶことはない」
力を持つ者の責任というのは確かにあるのだろう。
だがそればかりを気にして、なにもしないというのは論外だ。
正しい正しくないは知らないが、おそらく己の力を行使する際に必要なのは起こるすべてに責任を取れるという理論武装ではなく、裏目に出た時に非難をされることも含めた覚悟だろうと『黒の王』は思う。
「――世界のためにか?」
「なんだそれは。そんなものはどうでもよい。自分のためにだ、当然だろう」
そして一番大事なのは「なんのため」だとも思う。
結局のところヒトは、自分の為にしか動くことは出来ない。
世界の為だと嘯く者は、間違いなく我欲をそこに潜ませている。
正義とやらに相対するのは悪ではなく、もう一方の正義とやら。
本当の悪とはその正義の影で、それに隠れて我欲を貪るもののことだろう。
「気に喰わんか? だが他人の言う正しさとやらに従う気はない。私は私の望むがままに己の力を行使する。それが貴様の言う、誰かに与えられたにすぎぬ力であってもだ」
そこを他人に預けてしまっては、責任も覚悟も生まれようがない。
向こうでも自分は、基本的に同じようにしていたと中の人として思う。
自分の持つ力。
生まれついて持っていたものや、努力で得たもの。
親が残してくれたものもあれば、自分で築いたものもある。
見た目や能力や金や人脈や、あらゆるものをひっくるめて己の持つ力を理解し把握し、それに応じて社会と折り合いをつけて生きてきたのだ。
常に正しいことを選択してきた、などとはとても言えない。
自分の持つ力程度ではどうにもならない事など山ほどあったし、それに無自覚のままでいさせてくれるほど優しい社会でもなかったのだ。
それでも自分の力の及ぶ範囲でどうにかよりマシな選択をして、いろんな不条理は「曰く他人事」として生きてきた。
そうやってしがない
不満や不平を酒の席で吐きだしつつではあったけれども、それでもだ。
「大事なのは力をどうやって手に入れたかではない。どうあれ己が持っている力を、なんのために使うかだ」
だからこんな、とんでもない事態になってもそこは変えない。
世界のためだとか、そんなご立派なことを急に言いだしたりはしない。
巨大な力とはいえ、いや巨大な力だからこそ、少なくとも自分が納得できる形で行使する。
好きなように、ブン回す。
「己が愉しむために使うことを是とするか!」
「それが私にとっての正しい力の使い方だ。それが気に喰わんというのなら――」
だからいまさらこんな問答で動揺したり、恥じ入ったりはしない。
とはいえ己の考えを唯一無二、絶対的な正しさとするつもりもない。
己で築き上げたモノであろうが、与えられたにすぎぬものであろうが、他者の在り方が気に喰わないというのであれば――
言う。
「貴様の力で止めて見せろ」
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