第044話 その冒険者、迷宮を解放せし者。②

 ヒイロの正体。


 ――『黒の王ブレド』としての真の実力だとか、世界を簡単に滅ぼしうる人外組織『天空城ユビエ・ウィスピール』の首魁であるとか、そもそもこの世界のから来た存在であるとか――


 そういったことではなく「ヒイロがどういうヒトなのか」ということを結構正確に見抜いているのがポルッカという存在と言えるかもしれない。


 そしてそういう存在こそが、実はこの世界にとって最も重要な人物である可能性も否定できない事実だ。

 ヒイロ次第で世界がどうなるかが大きく変わるのが、間違い無い事実である以上。


「でかい声じゃあ言えねぇが、冒険者ギルドうちを通さず迷宮ダンジョン攻略できるのがその迷宮が存在する国の正規軍サマとアルビオン教『教会騎士団テンプル・ナイツ』とくりゃ、商売敵ってだけでも目の上のタンコブってやつだぁな」


「なるほど」


 冗談はともかく、とポルッカが話を元に戻す。

 

 確かに冒険者たちを管理し、迷宮ダンジョンから得られるあらゆる恩恵によって成立している冒険者ギルドにとって、そのコントロールを受けない攻略勢力というのは邪魔以外のなにものでもあるまい。


「その上お偉い方々ってな、何事もからモノを仰られるんでね。冒険者ギルドとしては頭の痛いところさ」


「心中お察しします」


 とはいえ現状の冒険者ギルドの実力では、国家や巨大宗教を正面から敵に回して渡り合うことなどできるはずもない。


 今のところは辞を低くして、現在持っている既得権益を守る動きにならざるを得ないのはやむをえないところであろう。


 だがそれこそ個が軍を凌駕することが珍しくもない、魔法と技・能力スキルが力を決定付けるこの世界において、傑出した存在がいればその限りではない。

 実際「冒険者ギルド」が現在ここまでの影響力を持っているのは、本部に坐する総ギルド長の実力によるところが大きいのも事実なのだ。


 あるいはポルッカは、本能的にヒイロにそれを期待しているのかもしれない。


 お悔やみの言葉を述べつつ苦笑いするヒイロが、冒険者ギルド奥の騒ぎに気が付く。

 よくあるいつもの騒ぎではなく、選考会のような雰囲気を醸し出している。


「ああ、ありゃあ今朝冒険者登録した姉ちゃんがパーティーメンバー募集してんだよ。えらい別嬪さんでな。ジョブも申告が本当なら「踊り子」ってんで、中堅どころの冒険者バカたちが騒いでる」


 ヒイロの様子に気付いたポルッカが、苦笑いで説明する。


 実力不明の別嬪さんに振り回されているよく知る冒険者たちに舌打ち半分、こんな状況でもいつも通りでなにより半分と言ったところか。


 旦那もどうだい? というポルッカの冷やかしに、肩を一つ竦めてヒイロは「君子危うきに近寄らず」を徹底する。

 どれだけ美人さんかは知らないが、エヴァンジェリンとベアトリクスですでにキャパオーバーでもてあましているのだ、それ以外に興味を向ける余裕はヒイロにはない。


 他所の女性にちょっかいを出したという情報が耳に入った場合の惨劇を畏れているだけともいうが。


 ヒイロの反応に、こればかりはポルッカもさもありなんと同じく肩を竦める。

 別嬪に対して、一度くらいはそんな反応をしてみてえもんだとも思いつつ。


「それにしても忙しすぎませんか?」


 そんな騒ぎがあるにせよ、各々の席で書類処理に追われているいるギルド職員たちを見て、ヒイロがちょっと呆れる、というか感心している。

 素人目に見ても書類の山に対してヒトの手が足りていないことはわかる。


 その原因も、当然ヒイロは理解しているのだが。


「……ここだけの話だがな。冒険者ギルドうちの職員が複数名、行方不明になっちまって手が足りねえんだ。この前紹介したディケンスの野郎も含まれてる」


「そんなことを僕に言っていいんですか?」


「かまやしねぇよ」


 さすがに声をひそめ、ポルッカがヒイロに告げる。

 その表情は今、「世間話」程度ではなく重大な「情報」をヒイロに提供しているのだということを如実に物語っている。


 その理由もわかっているヒイロの答えとしては、少々意地の悪いものかもしれない。


 その職員たちを消したのは、ヒイロの判断、指示に従った『天空城ユビエ・ウィスピール』のしもべたちなのだから。


「それもアーガス島支部ここだけじゃねえ。本部支部を問わず、世界中の冒険者ギルドで同時に行方不明こいつが起こってる。それの意味するところは……」


「意味するところは?」


「……わからん。だが偶然てことだけはありえない。――明日にゃ俺も消えてるかもな」


 ポルッカがいかに優れた冒険者ギルド職員であるにせよ、一斉に消えたギルド職員と、『連鎖逸失ミッシング・リンク』を結びつけることなどできはしない。


 現時点ではまだ、『連鎖逸失ミッシング・リンク』が消え去っていることに気付いているヒトはいないのだ。


 冒険者ギルド職員、それも中堅どころが全世界的に狙われているとなれば、ポルッカの危惧も無理からぬことと言えよう。


「ポルッカさんは大丈夫ですよ」


「……そうかい。天才様に言っていただくと気休めでもほっとするもんだな」


 だがそれを、ごく気軽な調子でヒイロが否定する。

 一瞬驚いて沈黙した後、いつもの調子でポルッカが軽口をたたく。


 だが口調とは違って、ひどく真剣なヒイロの目にポルッカは気付いている。


「それに行方不明はうちの職員だけじゃねえ。超が付く有名パーティーも一つ丸ごと、アーガス島うち迷宮ダンジョン内で未帰還登録がされてる。こっちの方が上の方じゃ大騒ぎになってんな」


 だから本来は簡単に切っていいものではない情報カードも、ここで切る。

 ポルッカのヒトを見る目が、この件の真実をヒイロが知っていると告げてくる。


「ヒイロの旦那も気を付けなよ。大物が消えるのには絶対があるもんだからよ」


 それと同時に、ヒイロの事を本気で心配している自分にも笑う。

 デカい事案ヤマに首を突っ込んだ冒険者というものは、ごく少数がそれで大きく名を上げ、大部分の連中はこの世から退場することが常だからだ。


「極秘の情報と、僕の心配をしてくれるポルッカさんに、僕もいいことお教えします」


「お、ギブ&テイクってやつか。いいねぇ」

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