【コミカライズ】その冒険者、取り扱い注意。 ~正体は無敵の下僕たちを統べる異世界最強の魔導王~【1巻~8巻】

Sin Guilty

序章

ありふれた冒険者の日常

 ただの地下施設というには広い道幅と、高い天井。


 酷くはないが、確実に地上よりは高い湿度。


 灯りはなく、天井が抜けているわけではないのになぜか最低限の視界は確保可能な明るさが保たれている。


 ――迷宮ダンジョン

 

 そう。


 最上層とはいえ、ここは本物の迷宮だ。


我が主マイン・フューラー、この先通路右陰に牙鼠カリオドゥムスが単独でおります」


「わかった。――ありがと」


 先行する九尾をもつ黒猫が、その金の獣眼を俺の方へ向けて報告をくれる。

 我がしもべの一である、『千の獣を統べる黒シュドナイ


 「我が僕(笑)」ってなもんだが、実際そうとしか言いようもないしな。

 猫がしゃべるってーのはアレだが、さすがにほぼ丸一日も付き合っているので、なんとか慣れてきてはいる。


 俺の礼の言葉に対し、ぴょこんと律儀に頭を下げる『千の獣を統べる黒シュドナイ』。

 その漆黒の少躯に宿る、美しい双の金の獣眼には隠しきれない緊張と――怯えのようなものが滲んでいる。


 それはもちろん、ここの迷宮ダンジョンの最上層、つまり1階に存在する牙鼠カリオドゥムス――魔物モンスターに対してのものではない。

 

 今でこそ尻尾が多いだけの猫にしか見えないが、真の姿は主である俺でも腰が抜けそうになるほどの存在感を誇っているし、この迷宮の一般に信じられている最下層どころか、真の最下層まで単独で突破することになんの痛痒も覚えないだろう。

 御本体どころかその名の指し示す通り、己が配下として使役する千の獣のどれか一体であってもそれは十二分に可能なことに疑いはない。


 というかに、真の姿を顕現せしめた『千の獣を統べる黒シュドナイ』に勝てる存在はこの世界にいないだろう。


 を除けば、だが。


 ではそれほどの「大妖怪」と言っていい存在が、何に怯えているのか。


 どうやら奇行に走っているとしか思えない己の主――つまり俺に対して緊張と怯えを持っているのだ、我が忠実なる僕殿は。

 また姿になってからは通している、己に対する俺の丁寧な態度にも落ち着かない御様子。


 ――ま、まあ、ある意味で俺の正体を知り、ある意味で正体を知らぬ身にとっては無理のないことなのかな……


 主人の無茶につきあわせてストレスを与えていることに、内心少々反省する。


 いや今はそんなことを考えている場合ではない。

 すぐそこの陰には、当面の我が敵である牙鼠カリオドゥムスが潜んでいるのだ。


 迷宮最上層の最弱の敵、レベルも1か2でしかない相手に対し俺は真剣な面持ちで意識を集中し、魔法を発動させるべく右手に構えた杖に魔力を集中させる。


 相手も最弱クラスとはいえ、今の俺も未だレベル1、しかも装備も誰にでも入手可能なありふれたものに過ぎない。

 しかも選択したジョブは「魔法使い」であるからには、HPや防御力はないに等しい。

 牙鼠カリオドゥムスの攻撃が数撃直撃すれば、それで瀕死となることは疑いえない。


 そりゃ緊張もするってものだ。


 なにしろ攻撃くらうと本当に痛いしな、文字通り死ぬほど。当たり前なんだろうけど。

 未だ現実としての戦闘に慣れない身にとって、まだまだ一戦ごとにのどがカラカラになるくらいには緊張する。


 とはいえ慣れるしかないし、じっとしていても始まらない。


 意を決して通路を右に折れ、無警戒な牙鼠カリオドゥムスを視界に収める。

 それと同時に「魔法使い」最弱の魔法(レベル1なんだから当然だ)、「ストーン」を発動させる。

 

 視界に重なるようにして表示される半透明のステータス画面、そのMP欄から「ストーン」一発分の数値が差っ引かれる。HPは満タンだが、これでMPは回復を待たねば次の「ストーン」は発動不可能だ。


 あ、やばい。


 魔法は基本必中だから外す心配は必要ない。

 もちろんその法則から突然はずれることなどあるはずもなく、乾いた魔法発動音と共に光で描かれた魔法陣が牙鼠カリオドゥムスの足元に発生し、かなり巨大な粗い石柱が垂直に突き刺さる。


 曰く言い難い苦悶の叫び声が牙鼠カリオドゥムスから発されるが、仕留め切れてはいない。

 

 敵がレベル1であれば今の俺のレベル、「ストーン」の習熟度でも一撃なのだが、今俺の視界に表示されている通りこいつはレベル2だ。

 僅かなHPを残し、敵意ヘイトを発生させた対象――つまり俺に向かって攻撃を仕掛けてくる。


 くっそ、HPあと2とかなのに元気いっぱいに動いてんじゃねえよ瀕死が!


 まあそういうルールなのでそれに文句を言っても始まらない。

 試してみたくもないが、自分だってHPあと1だとしても0になるまでは普通に動けるんだろうしな。


 ものすごく痛いのかもしれないけども。


 俺は今ソロ活動中だし、『千の獣を統べる黒シュドナイ』は戦闘可能な仲間ではなく、愛玩動物ペット設定だから敵意ヘイトを取ってくれるとかかばってくれることは不可能だ。


 つまりは自分で何とかするしかない。


「主!」


 己が何もできないことに歯がゆさそうな『千の獣を統べる黒シュドナイ』を安心させるべく、主らしく自分で何とかすることにする。


「だいじょぶ!…………たぶん」


 語尾が主らしからぬ不安げなものになったが、本音なのでしょうがなかろう。


 なあにMPはなくても俺にはまだ杖がある。

 杖は本来打撃の武器だ……そうだったっけ? まあいい。


 多少痛くても数撃くらっても大丈夫なくらいのHPもある。

 男は度胸! 痛いのきらい!


「くっらえ!」


 思いっきり振りかぶった杖を、正面から飛びかかってきている牙鼠カリオドゥムスに叩き込む。


 魔法使いにあるまじき攻撃?

 しるか、要は敵を倒せばそれでいいのだ。

 

 直撃と同時にごいんという濁音が響き、杖が牙鼠カリオドゥムスの頭部をかち割る。

 うえ、魔法で仕留めるのと違って結構えぐいな。だが視界に表示されている敵のHPが0へとすっ飛ぶ。


「よっし、仕留めた!」


「我が主! 我が主! ワイルドがすぎます!」


 すいません。

 だがこれでレベルも上がる。はずだ。


 その予測通り、自分がレベル2になったメッセージが視界に表示され、「ファイア」「エア」「ウォータ」の三種からどの魔法を選択するかを問われている。

 レベルアップしたことにより、MPも全快している。


 ここは予定通り、「ファイア」一択である。

 レベルアップごとに与えられるボーナスポイントについては、今の段階ではすべてMPに惜しむことなくつぎ込む。


 そこにまったく躊躇はない。

 俺はそれが正解だとからだ。


 それに今の戦闘でのドロップ品で、迷宮探索開始時に受けておいた冒険者ギルドの初級クエストである「牙鼠カリオドゥムスの牙を10個集める」も達成だ。

 これでレベル3への経験値の約1/3と、三日程度街の宿屋に滞在しながら三食ちょっと贅沢しても困らない程度の金が手に入る。


 実際に食べる宿屋の飯がめちゃくちゃ旨くて助かった。

 というより戦闘してレベル上げして、それで得た金であれだけ旨いもの食って暮らせるこの世界最高。

 労働に対する対価としては、クソみたいだった現実と比べるのも烏滸がましいと言える。


 ……いや。


 かかっているものが命なので、ハイリスクハイリターンというべきなのかもしれないが。

 まあ俺の場合、圧倒的なマージンとノウハウを持っているのは間違いないので、いわゆる異世界チートライフの類とみてそう外れてはいないだろう。


 とはいえ低レベル時はクエストを一つずつしか受けることができないので地味に不便だ。

 だが毎日更新されるクエストをきちんと受けてこなすかこなさないかで、レベルアップのスピードも金を貯めるスピードも馬鹿にできない差が付くことになる。

 レベル5になれば装備更新のタイミングだし、それまでに運悪く良ドロップ品に恵まれなかった場合には最初の必要な散財タイミングである。


 今やかかっているのは「分身体」のものとはいえ命ではあるし、その辺は抜かりなく進める必要がある。

 そういう意味ではまずは最高の滑り出しをしているといっても過言ではなかろう。


 一番危惧していた「現実としての戦闘」にもなんとか対処できたわけだしな。

 「魔法」を実際に使いこなせるかどうかなんて、やってみるまで不安でしかなかった。


 まだまだこれからともいえるが。


「よーし、よし! 順調順調!」


 順調なあまり思わずあげてしまった快哉に、我が僕が怪訝そうな視線を向けておいでだ。


「お、おめでとうございます?」


「う、うん。ありがと……」


 まあそりゃな。


千の獣を統べる黒シュドナイ』にしてみれば己の傅く絶対の強者、千を超す強大な僕を従え、不落の天空城拠点を駆る『黒の王』がただの人に身をやつし、冒険者の真似事を嬉しそうにはじめたとあっては疑問を持つなという方が無理な話か。


 自身どころか配下のだれも、いや配下全員が束になっても勝てない力を持つ『黒の王』としての俺の正体を知っているからこそ、今の俺の行動は理解の範疇を超えるだろう。


 だがゆるせ『千の獣を統べる黒シュドナイ





 俺の本当の意味での正体。


 世界初の普及型ウェアラブルコンピュータ端末『サード・アイ』専用ゲームとして発売された『T.O.T(Theatrum Orbis Terrarum)』――『世界の舞台』に十年以上ハマったただのおっさんがこんな状況になれば、こうせざるを得ないんだよ。


 そして苦労を掛けるが、今俺は――



 最高に愉しいのだ。

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