三章 7-2
ノールレイ王城の客間である。セギンは居住地を離れる許可を得に、王城を訪れていた。国王とは旧知の間柄ゆえ、その旨を
「よい、よい。立ちなさい。久しぶりに会うたのだ、堅苦しいことは抜きにしようぞ。ほれ、座るがよい」
「健勝なようで何より。奥方も元気かね。そろそろ産み月かと思うたが」
「は、おかげさまをもちまして息災に」
「そうかそうか。楽しみじゃの」
国王は
「そんなときに、おぬしが出る事態になってしまって、すまぬな」
「滅相もないことでございます。私が望んだこと、陛下がお気に病まれることは何も」
「いいや、
玄耀が困窮しているのはわかっているので、支援を打ち切る気はないが、とオーリエングはぼやく。ノールレイが支援を打ち切れば、玄耀は本格的に帝国側へ着く可能性が高い。玄耀は、そうなっては困るという、こちらの足下を見ているのだろう。しかしセギンとしては、支援を享受しておいて、会談の申し込みは聞こえぬふりをする玄耀が腹立たしい。
「アルドラの方に集中できるよう、
オーリエングが嘆息するのに、セギンは思わず口を挟む。
「玄耀の様子も見て参りましょうか」
「いいや、まずはアルクス殿下と合流することを第一に考えよ。
「……何か、お気にかかることでも?」
「いや、麗しき水の国も一枚岩ではないということだ。―――どこもそうだろうがな」
独白のように付け足し、セギンが何かを言う前にオーリエングは先を続ける。
「妻子のことは心配するでない。必要なら護衛を派遣するでな」
「
「ははは、ミリア嬢ならそう言うじゃろうな」
楽しげに笑うオーリエングに、セギンは苦笑を返した。―――国王は、セギンがミリアと結婚したときの騒動を知っている。
親子ほども年の離れたセギンのどこを気に入ったのか、ミリアは反対する周囲どころか、真面目に取り合わなかったセギン本人までをも押し切り、結婚まで
セギンとの結婚で一悶着あったが、ミリアと、彼女の生家であるベルマレット伯爵家との関係は良好だ。ミリア自身は、末娘だから甘やかされているのだと言っていた。身重で里帰りなどしようものなら、絶対に屋敷の奥に閉じ込められてしまう、二度と出してもらえない、とも。
「ですので、セギン家の方へ。姉オリヴィアも
「おお、そうか。ならば安心じゃの」
現在セギン家を取り仕切っているのは、先代セギン伯爵の長子である姉だ。己に政や領地経営の才がないことは早々にわかっていたし、雷の継承者であることもあって、セギンは姉に家督を譲り―――と言うか押しつけ―――武人として生きる道を選んだ。
息子ばかり四人の母であるオリヴィアは、娘のような年頃の
「滞在先は定期報告いたします。万が一のときは何を置いても馳せ参じますので」
「そうそう『万が一』が起きて貰っては困るがな。安心せよ、我が国は思いの
オーリエングに苦笑混じりに言われ、セギンは口を
「出過ぎた真似をお許しください」
「許すも何も。―――おぬし、今も将軍なのだなあ」
しみじみと言われて、セギンは目を瞬いた。国王は苦笑めいた表情のまま続ける。
「これ以上、背負うことはない。雷の継承者だということだけで十分だ。その『継承者』がおぬしを縛るのであろうが、本当に気にすることはないのじゃぞ。自由に、心のままに行くがよい」
「陛下……勿体ないお言葉です」
思わず呟けば、オーリエングは
「儂は常々、『継承者』には何もかもを背負わせすぎだと思っておるのじゃ。世の在りようであるから仕方が無いというのは簡単だがな、なんでもかんでも継承者頼りでは、その継承者が何かの理由で動けなくなったり、いなくなったりしたら、必ず痛い目を見る。そうなる前になんとかせねばと思うのじゃが、
話が逸れたな、と独りごちて、国王はどこからともなく封書を取り出した。それをセギンへ向かってテーブルを滑らせる。
「そんなわけだから、持って行け」
「……これは?」
「おぬしが儂の
セギンは手元の封書を信じられない思いで見下ろした。
「そのようなもの、いただくわけには参りません」
「いいから黙って受け取れ。もう儂がそなたにしてやれるのはこれくらいしかない。散々世話になったのにのう」
「とんでもないことでございます。私めの方こそ、陛下の大恩に何一つ報いることができず……」
「いいや、おぬしがいなければ炎国ミルザムの次は我が国だったやもしれぬ。―――これ以上はやめよう。平行線が目に見えておるわ」
片手を振り、オーリエングは話を打ち切った。そして、何か悪巧みをしている少年のような表情で付け足す。
「定期連絡以外にも頼りをくれてもよいからな」
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