第二章 5-1

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 シェリアークは、今日も雨だ。

「……生きていたか」

 呟き、レイツェルは鏡の前から窓辺へと移動した。上着を着せかけようとしていた侍従から不思議そうな視線を感じたが、振り返ることはしない。

「いかがなさいましたか、レイツェル様」

「今日の『お茶会』は中止だ」

 レイツェルの身支度のために立ち働いていた侍従たちは、皆一様に動きを止めて顔を上げる。

「中止……で、ございますか」

「そう。御令嬢たちに伝えておいて」

 きびすを返して告げた途端、侍従たちに緊張が走る。気持ちはとてもよくわかって、レイツェルは微かに苦笑した。レイツェル目当ての令嬢たちに、その相手がこないと告げに行けば、淑女のしとやかながらも苛烈な非難に晒されるのは目に見えている。

「そうだね、君たちには少々酷かもしれない。御令嬢たちに伝えるのは僕がしよう」

 安堵したように空気が緩み、レイツェルはもう一度苦笑した。

「中止にしなくてもいいのか、僕が出ないだけで。もう支度は済んでいるだろうから、中止にしてしまうのは勿体ない」

 鏡の前に戻って衣装の仕上げをしてもらい、レイツェルは部屋を出た。お茶会の会場となる応接室に向かう。ここでは七日に一度くらいの頻度で、神殿への貢献度が高い人々を順に招いてのお茶会が開かれる。主催はレイツェルだ。そうでもしないと、毎日のように神殿へ、懺悔や祈祷に無関係な令嬢たちが集まってしまう。

 応接室の扉は開け放たれ、目隠しの衝立が建てられている。控えている女官に頷いて見せると、女官は一礼してレイツェルの到着をお茶会の参加者に知らせに行った。やがて、さやさやと女性たちがさざめく気配がする。ついてきた侍女と侍従、そして護衛は心得た様子で扉の左右に控える。

 呼吸を三つ数え、レイツェルは衝立を回り込んだ。

「待たせたね」

 思い思いに着飾った令嬢が六人、花が咲いたように笑んで立ち上がった。レイツェルも笑みを返しながら、先程聞いた彼女たちの名前を思い出そうとして早々に諦める。初対面かどうかすらも記憶にない。

「こんにちは、レイツェル様」

「今日をとても楽しみにしておりましたのよ」

「あいにくの雨で残念ですわ」

 口々に言う令嬢たちに、レイツェルは応えずにただ淡く笑んだ。それだけで令嬢は口を閉じ、うっとりと彼を見つめる。

 一同を見回してから、レイツェルは困り顔を作った。

「今日は集まってくれてありがとう。でも、ごめんよ、急に用事ができてしまってね。今日は僕抜きで楽しんでほしい」

 彼女たちは一様に驚いた様子で口元に手を遣る。

「まあ……残念ですわ、レイ様」

「本日はお昼まではお時間があると伺っておりましたのに」

「その御用事は、わたくしたちではお手伝いできませんの?」

 口々に言うのをそれぞれ目を合わせることで黙らせ、レイツェルは両手を広げた。

「僕を困らせないでおくれ、子猫ちゃんたち。今度必ず埋め合わせをするから。約束するよ。―――では、これで」

 残念そうにしている令嬢たちに片目を瞑り、レイツェルは部屋を出た。笑みを消して頭を切り替え、その足で神殿騎士の詰め所へ向かう。

(炎の継承者とも一緒か。すぐに保護できればいいのだけれど)

 アルクスが死んだのではないかとは、何度も考えた。そろそろ迎えの兵を引き上げようかと考えていたところで、ようやくその気配を捉まえた。

(北方国境警備隊へ鳥を……早馬も出すか。王子の特徴を伝えなければならないし……僕が出られないのは不便だな)

 彼らはまだ水国シェリアークに入ったばかりだ。上手く警備隊が保護できても、都に辿り着くにはもう少しかかるだろう。国内に―――魔法障壁の内側にいる限り、レイツェルには向こうの動きが分かるのだが、レイツェルは都を空けられない。短期間ならと思うこともあるが、帝国兵が国境をうろついているような状況で、魔法障壁に関わる危険は冒せない。第一、導師たちがレイツェルの外出を許さないだろう。

 無理矢理レイツェルが出る方法もあるが、そちらは手順が煩雑で時間がかかり過ぎてしまう。早急に保護したいのにレイツェルのために時間を浪費しては本末転倒である。

 無事に、そしてなるべく早く都へ辿り着いてくれることを祈るばかりだ。彼らの処遇を決めるのは、詳しい話を聞いてからでいいだろう。

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