第一章 11
11
時は少々遡る。
アルクスは壁に背をつけて角から出入口の様子を伺っていた。
幸い、今のところ巡回の姿はないが、いつやってくるかわからない。出入口の門には警備兵が立っており、不用意に近づけばまず間違いなく見つかるし、下手をすれば拘束されてしまうだろう。
アルクスのような手合いを警戒してか、基地の周囲に隠れられるような場所はない。
ここへ辿り着くまでに、夜はすっかり明けてしまった。森は随分前に途切れ、気付かれないように近付くのも一苦労だった。夜を待とうか迷ったが、こうしている間にもフィーアたちが危険な目に
先程、遠くから見た限りでは、背の高い石壁が周囲をぐるりと囲み、出入りできるのは東西に二箇所ある門だけのようだ。反対側の門も厳重な警備は変わらないだろう。
(……どうしよう)
必要だからと、一通りの用兵や戦術は叩きこまれた。しかし、その中に敵の拠点に単独で潜入する方法というものはなかった。とにかく、警備兵の注意を別の場所に向けなければならない。
森で危険種の獣と遭遇したときは、
こういうとき、ディゼルトならどうするだろうと半ば習慣的に考え、アルクスは胸中で詫びる。
(……ごめん、ゼロ兄)
結果的に
ディゼルトの言うとおり、今後のことや、祖国復興のことを考えれば、アルクスは直ちに水国シェリアークに助けを求め、身の安全を図るべきなのだろう。
アルクスを逃がすために犠牲になった人々の想いを無駄にしてはいけないと、頭ではわかる。けれど、感情が納得してくれない。身近な人一人守れないで、国などという巨大なものが守れるはずがないとも思う。
(もう誰も死なせない……)
唇を引き結び、アルクスは顔を上げた。少し考え、掌を上に向ける。小さな光の玉を作り出す。その手が微かに震えていて、一度掌を開閉する。そんなつもりはないのだが、少々緊張しているらしい。
深呼吸をしてからアルクスは門の正面、やや手前を狙って光球を放った。音もなく飛んだ光球は地面に落ち、閃光と共に大爆発を引き起こす。
「な……!?」
アルクスは反射的に腕を
「て、敵襲!? どこから!?」
「おい、大丈夫か!」
「攻撃を受けたぞ! 応援を呼べ!」
周囲には爆発のせいで土煙がもうもうと立ち込めている。
(……仕方ない!)
こうなったら行くしかないと、アルクスは土煙の中を壁伝いに移動し始めた。視界が悪く、伸ばした手の先も見えないが、土煙が晴れないうちにどこかへ隠れなければならない。
「どうなってる!? 返事をしろ!」
「気をつけろ、追撃があるかもしれん」
「直撃はしてないぞ!」
「警報を鳴らせ!」
声のする方向を探りながら鉢合わせしないように進み、アルクスはなんとか門を潜ることに成功した。人が増える前に一旦隠れようと、手近な建物に入ろうとしたが、扉は閉ざされていた。押しても引いても開かない。
(鍵がなきゃ駄目か……)
要塞内に主な建物は三つ。中央の最も大きな棟と、それと繋がっている小さな棟、それらとは別に独立している棟。今いるのはおそらく中央棟の東側の端だ。
やがて、耳障りな音が大音量で断続的に流れ始めた。さっき警報という言葉が聞こえたので、きっとこれがそうだろう。警鐘とは違う、神経に障るような音だ。どういう仕組みかわからないが、要塞中にこれが響いているなら、ますます人が集まってくるだろう。見つかるわけにはいかない。
アルクスは再び光球を幾つか作り出した。先程とは違い、意図して爆発させるためのものだ。
(行け!)
それを適当にばらまき、頭を抱えて
「今度はなんだ!?」
「向こうから聞こえたぞ!」
「撃たれてる!」
「もう侵入されてるんじゃないか!?」
声が近付いてきて、アルクスは土煙に紛れるように距離をとる。フィアルカを捜さなければと顔を上げた瞬間、彼女の「力」を感じてアルクスは瞠目した。
アルクスとフィアルカは、ある程度の距離までならば「力」を使えば互いの場所がわかる。アルクスの魔法をフィアルカが察知し、彼女も自分の居場所を知らせるために「力」を使ったのだろう。
(あっちだ!)
アルクスは兵士たちに気取られないようにそろそろと目的の方向へ足を向けた。幸い、今のところ警備兵は爆発の起きた場所に集中している。今のうちに建物の中へ入ってしまいたい。
早くフィアルカを見つけて、ライラとエミリアと共に脱出しなければならない。全員の無事な顔を見れば、ディゼルトも安心するだろう。
* * *
「……っ」
大きな揺れを感じて、エルクは目を覚ました。いろいろ考えているうちに、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。牢屋で眠りこけることができる自分の図太さに苦笑する。
かぶりを振って眠気を飛ばしながら、上からだったと天井を見る。
(地震の揺れじゃない……爆発?)
工場は止まっているはずなので、厨房だろうかと首を捻っていると、再び、今度は断続的に揺れが続いて、警報が鳴りだした。戦闘配備が呼び掛けられる。
(敵襲! まさか!)
エルクは思わず立ち上がり、腰の後ろの銃を探った。意図的にだろう、エルクを連行した兵士たちは、身体検査をしていかなかった。おかげで武器やマスターキーなどは持ったままだが、もし敵がここまで来るようなら護身用の小さな銃一つではどうにもならない。
(鍵を閉めさせたのは失敗だったか……)
マスターキーを手にしていても、牢は内側からは開けられない仕様だ。しかし、もし自分が自由の身でも避難誘導くらいしかできることがないと、エルクは寝台に座り直す。
イドレが無体を働かないように、そして、せめて研究員たち、非戦闘員は無事に避難できるようエルクは祈った。―――祈るしかできなかった。
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