第一章 7

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 話し合いは平行線を辿っていた。

「なんで! フィーアを助けに行かないと! エミリアねえちゃんとライラねえちゃんも捕まってるんだよ!」

「フィーアなら大丈夫だ。アルもフィーアの『力』を知っているだろう 」

「だからって、放っておけないだろ!? ゼロ兄、さっきマーサねえちゃんに基地の方角をいてたじゃないか!」

「あれは基地へ近付かないためにだ」

「そ……」

 アルクスは瞠目して固まってしまった。ディゼルトは一つ息をつく。

 先程から、ディゼルトは水国すいこくシェリアークへ向かうべきだと主張し、アルクスはフィーアたちを助けに行くと言って譲らない。ディゼルトとしては一秒とて惜しいのだが、アルクスは納得しなければ一人で実行に移すだろう―――今朝のように。

(早く動くべきだった……ぐずぐずと留まらずに)

 村に滞在していたのは、思いのほかディゼルトの怪我が深かったからだ。しかし、現在はその怪我も癒え、左腕は問題なく動く。今考えても詮無いことだが、怪我の完治を待つのではなく、動けるようになった時点で出ていくべきだった。シェリアークに入ってしまえば、ここよりも遥かに安全だ。

「ライラさんとエミリアさんは、フィーアと一緒にいた方が安心だ。隙を見て逃げ出してくるだろう。外から下手に刺激する方が逆に危ない」

「フィーア一人ならなんとかなるかもしれないけど、ねえちゃんたちを守となると勝手が違うだろ。基地ってことは帝国兵がたくさんいるんだろうし、フィーア一人で二人を守りながら、その上逃げてくるなんて無茶だよ!」

「その無茶なところに侵入して、虜囚を奪還しようとしているのは誰だ。少し落ち着け」

「おれは落ち着いてる! フィーアだけじゃ無理でも、おれとゼロ兄がいればなんとかなるよ!」

「だから、それでは本末転倒なんだ。わざわざ捕まりに行くようなものだろう。フィーアだってアルドラの王子に仕える人間だ、覚悟はできているはずだ」

 アルクスの見開かれた双眸が揺らぐ。

「覚悟って……、なんだよ」

 瞳のように声も揺れていて、ディゼルトは己の言葉を後悔した。しかし、発してしまったものはなかったことはできない。

「……とにかく、アルはシェリアーク国に保護してもらうべきなんだ。陛下も仰っていただろう、アルがいればアルドラは必ず復興すると。陛下のお気持ちを無碍むげにするつもりか」

「そんなことしない。でも……」

 アルクスはゆるゆるとかぶりを振った。それは徐々に強くなり、金色の髪が広がるほどになる。

「だからって、フィーアを見捨てて逃げるなんていやだ!」

「見捨てるわけじゃない。それに、フィーアもきっと同じことを言う」

「本人じゃないのに、わかるもんか! そんなにシェリアークに行きたいならゼロ兄だけ行けばいいだろ! フィーアたちはおれ一人で助ける!」

自惚うぬぼれるな! アル一人の力でなんとかなるなら、そもそも―――」

「……っ」

 息を呑んだアルクスの顔から表情が消え、ディゼルトははっと口をつぐんだ。どうやら自分は自覚している以上に頭に血が上っていたらしい。

 アルドラ落城のときに、ディゼルトは何もできなかったし、何も守れなかった。だからせめて、アルクスだけは無事にシェリアークえ送り届けたい。リュングダールの最期の願いを叶えたい。―――これらはディゼルト一人の問題であって、アルクスには無関係だ。押し付けるべきではないのはわかっているが、己が身をかえりみないアルクスに、どうしようもなく腹が立ってしまった。

「すまない、口が過ぎた。取り消す」

「ううん……」

 曖昧な返事をして、俯いてしまったアルクスは弱々しく呟いた。

「そうだね……ごめん。おれが弱いせいで、たくさん……みんな、死んだんだよね……アルドラが落ちたのも、おれが」

「そうじゃない。アルのせいじゃない。弱いのは俺たちで、命を落としたのは本人の力不足だ」

 一国の王子とはいえ、アルクスはまだ十五の子どもなのだ。自分が生きるために他人に死ねと命令する覚悟や、誰かの屍を踏みつけてでも生き延びる覚悟を固めろというのは酷だ。ましてや、アルクスは人一倍正義感が強く、心優しい。自分のために―――自分のせいで、他人が死ぬことは、己の身を切られるよりも辛いだろう。

「だから、アル」

「いいよ、気を遣わなくて。……支度、するね」

 奥へ行きかけたアルクスは、思い直したように立ち止まる。

「あ、でも、準備はゼロ兄に任せた方がいいかな……おれ、スープあっため直しておくね。……出るのは、ごはん食べてからでいいでしょ?」

「ああ。じゃあ、荷造りをしてくる」

 頷いてディゼルトは奥へ向かった。

 アルクスが、マーサから渡された薬草の束を握りしめていることには、気付かなかった。

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