第一章 17-1

 17


 男が零型タイプゼロと呼んだ機械人形は、全身が鋼鉄でできているらしく、いくら切り付けても傷が増えるばかりで破壊には至らない。

(硬い!)

 魔法なら通用するだろうかと、アルクスは立て続けに光弾を放った。それらは零型に命中して炸裂し、閃光と爆発を生じる。

 頭部に当たったのが効いたか、零型は仰け反るように姿勢を崩した。それでも暴れるのはやめず、金属の箱や屋台骨を巻き込みながら倒れていく。

(今だ!)

 畳みかけようとしたとき、フィアルカに強く腕を引かれた。

「たっ……フィーア!?」

「こっちへ!」

 炎を放ち、フィアルカはアルクスを物陰に引っ張りこむ。

「隠れても駄目だよ、あいつを倒さないと!」

「いいえ、アルは逃げて」

 思いがけないことを言われ、アルクスは目を見開いた。何かの言い間違いかと思ったが、フィアルカは真剣な表情で続ける。

「アルだけなら兵士の囲みを突破できるわ。あの機械人形はわたしが食い止める」

「一人じゃ無理だ! ねえちゃんたちはどうするんだよ!」

「二人のこともわたしに任せて。ちゃんと村まで送り届けるから」

 アルクスは首を左右に振るが、フィアルカは聞き入れない。

「アルは村へ戻って、ゼロ様と一緒にシェリアークへ……」

「そんなの嫌だ! おれだけ逃げるなんて」

「そうだね、せっかく助けにきたのに。みんな一緒に帰りたいよねえ」

 不意に聞こえた声と同時に隠れていた鉄板が倒れ、アルクスとフィアルカは咄嗟にその場から飛び退すさった。知らぬ間に近くへきていた男は、構えもせずににこりと笑う。

「それじゃ、続きといこうか。―――零型」

「させるか!」

 男が零型に命令をする前にと、アルクスは飛び出した。しかし、斬撃は半歩ずれただけでかわされる。男は何か珍しいものでも見るように眼を瞬いた。

「やめたほうがいいよ、僕は零型あれより強いから」

「そんなわけないだろ!」

 アルクスは剣を横薙よこなぎに払う。引いて突き、上段から斬り下ろし、足を狙った攻撃、すべて先を読まれているかのように避けられた。

「心外だな。じゃあ、ちょっとだけ相手してあげるよ」 

 知らぬ間に男の手には剣が現れており、驚く間もなくアルクスは半ば反射で剣を水平にかざした。刹那、振り下ろされた一撃を受け止めきれずによろめく。

(重い!)

「お。止めたね、偉い偉い」

 すぐにすくいあげるような斬撃がきて、剣を返して受け止める。慌てて下がると、鼻先を切っ先がかすめた。間を置かずに繰り出される突きを首を傾けて避けたつもりが、刃が頬を切り裂いた。

 大剣に近いような長剣を、男は片手で操っている。にもかかわらず、アルクスにはそれをさばくのが精一杯だ。魔法に切り替えようとアルクスが柄から片手を放せば、察知したのかその手を狙われる。

「魔法は禁止」

「っつ!」

 前腕を浅く切られてアルクスは顔を顰める。

「君もね」

「きゃっ!」

 男が空いている方の手で何かを弾き、フィアルカが声を上げて右手で左手を包むようにした。放とうとしていた炎は見当違いの方向へ飛んでいく。

「フィーア!」

「はい余所見よそみしない」

 男が踏み込んできたと思った瞬間、アルクスは蹴り飛ばされていた。背中から柱に激突し、衝撃で息が詰まる。

「がっ……」

「アル!」

 声を上げるフィアルカを、男はちらりと振り返る。

「動かないで。次は喉を狙う。君じゃなくて少年のね」

 フィアルカは双眸を大きく見開き、すぐに悔し気に唇を引き結んだ。男は満足げな笑みを浮かべる。

「良い子だ。―――ね、零型より僕の方が強いって言ったでしょ。まだ零型相手の方が希望がありそうじゃない? 相手の力量を測るのも実力のうちだよ。君は弱いな」

 挑発や嘲りのような負の感情は微塵も感じられず、ただ事実だけを明るく突きつけてくる声音に、アルクスは悔しさで歯を食いしばった。弱い弱いと馬鹿にされた方がまだましだ。

「くそ……」

 痛む身体を無理矢理動かして起き上がろうと藻掻きながら、アルクスは思いきり男を睨んだ。すると、男は薄く笑んで首を傾けた。

「ああ、その目。やっぱり似てるね」

「なんのことだ」

「目が似てるって。ええと、なんて言ったかな……リュ……リュン……」

 まさか、とアルクスは息を飲んだ。眩暈めまいでも起こしたかのように視界が揺れ、鼓動が早まる。そんなはずはないと胸中で否定しながら、父の名を呟く。

「……リュングダール」

「そうそう、そんな名前だった。光国こうこくアルドラの王様だっけか」

 驚愕のあまりアルクスが二の句を次げないでいると、男の笑みが質を変えた。恍惚と狂気が入り混じったようなそれに、アルクスは肌を粟立てる。

「あいつは強かった……君と同じ金色の目をしてた」

「戦ったのか!?」

「そうだよ、凄く楽しかった。本当に強かったな、利き手と利き足持ってかれそうになったもん」

 左手を振って見せ、男は無邪気に笑う。

「でもまあ、返討かえりうちにしてやったけどね」

 何を言われたのかアルクスには理解できなかった。音として耳に入ってはきている。しかし、頭が理解するのを拒否する。

「……嘘だ、そんなの」

「嘘じゃないさ。僕が生きてここにいることがその証拠。いやー立派だよねえ、王様の首なんか民の命と引き換えに落ちるもんだけどさ、実践できる王様なんてそうそういないよ? さすが神擁七国しんようななこくの盟主。世の指導者はあああってほしいものだね」

「嘘だ……嘘を言うな!」

「嘘じゃないってば。君も見習いなよ、光の王子様。君のせいでたくさん死んじゃったんだのに、それでいいの? 逃げてばかりじゃ何も守れないよ。何一つ、誰一人ね」

「うるさい……!!」

 全身の痛みを無視し、剣を杖にしてアルクスは無理やり立ち上がった。すると男はにこにこと、拍手のような仕草をする。

「おお、偉い偉い。さっきので肋あたりいってるんじゃないの? 王子様は強い子だねえ。御父上も息子の成長を見たかっただろうに。首だけでも持ってきてあげればよかったね」

「……黙れ」

「ああでも、首だと目は閉じちゃってるか。大丈夫、御父上は草葉の陰から見守ってくれてるよ。愛だね、父子おやこ愛」

「黙れ黙れ黙れえええええええええええええ!!!!」

 激情のまま声を限りに叫ぶ。右手が熱を持ち、眼前が白で塗り潰される。強い光に焼き付けられたように、男の驚いた顔が一瞬だけ見えた。

(殺す……殺してやる……)

 あの男だけは許せない。父を愚弄する人間を許せるはずがない。

「……ル」

 男がリュングダールの首を切ったというのなら、男の四肢を落としてやろう。首を落とすのは最後だ。あの男は苦しまなければならない。

(殺してやる……!)

「アル! しっかりしろ!」

 声と共に頬を張られ、アルクスは目を瞬いた。視界に色が戻る。この場にいないはずのディゼルトが心配そうな顔で、アルクスの肩を掴んでいた。

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