第一章 16

 16


「第一分隊より伝令。目標、最終ポイントへ接近中。到着予測はおよそ三分後です」

「やっとかい、随分と手古摺てこずったね。やっぱり魔法のせいかな」

 発見の報から二十分は経っている。三個分隊で追い込んだはずだが、相手は少年少女とはいえ魔女と魔人である。徒手空拳に見えて重火器を携帯していると考えなければならない。

 少女たちは点検孔から壁の裏側に入り、隠れながら逃げていたらしい。無論、点検孔には鍵がかかっている。その鍵が何箇所か焼き切られているとう報告を聞いて、イドレは乾いた笑いしか出なかった。さすがに、いかな魔女でも、大人の親指の太さほどもある鋼鉄を焼き切るというのは誰も考えなかったのだろう。次からはデッドボルトの部分にも遮晄しゃこうの塗装をすべきだ。

 二階、足場の手摺に腰かけていたイドレは、立ち上がって自律機兵オートマータを見下ろした。大人三人分くらいの身長があるので、うずくまっている姿勢でも頭が一階の天井に届く。工場は面積の半分が吹き抜けになっていて都合がいい。

「エルメル所長は?」

「まだ姿が見えません」

「ふうん。人質かいるって言えば、すっ飛んでくると思ったんだけどな」

 牢にエルメルの姿がないと報告があり、放送で呼び出すことにした。騒がれると面倒なので、実際には人質などいない。しかし、幻晶げんしょうの正体を知って生産を止めるエルメルだ、研究員が捕らえられていると聞けば、罠の可能性が頭にあっても出てくるだろうと考えた。

 もともと言いがかりで捕らえたようなものなので、独房にいなかったのは特に驚かなかったが―――要塞の兵士か研究員が出したのだろう―――、彼が保身に動くのは意外だった。

「まあいいや。何か動きがあったら教えて」

「はい」

 イドレは自律機兵の肩に飛び移った。物問いたげにしている兵士に気付いて、首をかしげる。

「なんだい?」

「いえ……なぜ人型なのだろうと思いまして」

「ああ、僕も思った。非効率だよね。人型である利点なんて、足場の悪いところにも入っていけるくらいしか思いつかないけど」

 イドレが聞いた話によると、最初にエルメルが作ったのが人型だったらしい。研究局での研究結果ではなく、趣味の延長で個人的に作成されただけのそれに目をつけた技術開発局長が強引に取り上げ、本格的な開発を開始。軍事転用を打ち出すことで軍部からも予算を巻き上げ、できあがったのがこの巨人のような自律機兵だという。

 帝都で使われているのは普通の人間と同じくらいの大きさで、この巨人は完全に局長の趣味だろう。こんなものを前線に持って行って、攻撃を受けて倒れでもしたらと思うと、近付きたくもない。

「ロマンチストと言えば聞こえはいいけど、局長は単に専門馬鹿なんだと思うよ。ああ、僕がこんなこと言ってたのは秘密ね。もう持ち場に戻りな、ここにいると巨人に潰されるかもよ」

「は、はい」

 兵士は敬礼すると、戻っていった。イドレは片手で自律機兵に触れる。伝わってくるのは金属特有の硬質さと冷たさだ。

 人間に等しいものを人間の手で作り出したいという考えは、まだわかる。意思を持った人形というのは、お伽噺とぎばなしの定番だ。しかし、それを作り出すことに成功したからと言って、人の代わりに戦わせようというのはイドレには理解できない。

 戦い―――殺し合いというのは、自らの手で行ってこそだ。刃を振るい、肉を切り裂き、血が流れる。命のやりとりをせず、殺戮を道具に任せるなど戦いとは呼べない。

(まあ、いかにも技術屋の考えそうなことだ)

 鼻を鳴らし、イドレは側頭部にある制御パネルを開いた。

 技術開発局長から戦闘データ採取の指示はなかったが、あったらあったで無駄にはならないだろう。何せ相手は、鉄扉を紙のように吹き飛ばし、鋼鉄を焼き切る力の持ち主である。生身の人間には手に余る。

「ええと、たしか……」

 この自律機兵の識別コードは「零型タイプゼロ」で、試作機の時の呼び名のまま正式名称は未だ決まっていないらしい。小さな画面に表示される一覧から自分の名前を選ぶ。制御システムにあらかじめ何人かの声が登録してあり、これでイドレの声で発された命令しか聞かなくなる。

 やがて、きしむ音を立てながら工場の扉が開いた。ぱたぱたと数人の軽い足音が聞こえる。上手く侵入者たちを追い込むことができたらしい。

「―――…は……あれ……」

「何か……誰も……」

 若いというよりは幼い、男女の声が聞こえる。

 工場の中には兵士は置いていない。自律機兵の戦闘に巻き込まれると面倒なので、全員外へ出した。侵入者たちが全員工場内に入ったら、外を囲む手筈になっている。

「な……何かしら、あれ」

「機械……?」

「随分大きいわ」

「ここ、機械を作る場所なの?」

 金髪の少年が一人と、少女が三人。少年はともかく、三人の少女はいかにも村娘然としている。だが、この中に強大な魔法の使い手がいる。見た目で判断してはいけない。

「待ってたよ」

 イドレが声をかけると、四人は一斉に顔を上げた。状況を察したのか、赤毛の少女が顔を歪める。

「やっぱり、誘導されてた……」

「おや、気づいてた? ちょっと露骨すぎたかな」

 笑い混じりで言えば、少年は視線に険を込め、少女たちは一様に怯えたように身を寄せ合った。一歩進み出た少年が口を開く。

「何が目的だ」

「ちょっと戦ってほしくて。要塞の兵士に頼んでもいいんだけど、せっかく魔女と魔人がいるんだから、そっちと戦った方がいいデータとれるかなって」

「勝手なことを! ねえちゃんたちを村から攫ってきた上に、戦えなんて!」

「誘拐の文句はジークデン大佐に言ってよ。命令出したの多分あの人だから」

 首を傾け、イドレはふと思いついて指を鳴らした。何か報酬があった方が少年たちも本気で戦ってくれるだろう。

「それじゃあ、君らが勝てたら全員無事に返してあげよう。悪い話じゃないでしょ?」

「そんなの、信じられるわけないだろ」

「別に信じてもらう必要はないね。逃げてもいいけど、外は兵士が囲んでるよ。勿論も、僕も追いかける。女の子たちを守りながら、君に切り抜けられるかな」

 目を見開く少年へ、イドレは笑みを返す。

「さあ、お喋りはここまでだ。―――零型、起動。目標設定、周辺の破壊。動くものを優先」

 数秒、考えるような間があって、駆動音が鳴りだす。零型が立ち上がる前にイドレは肩から飛び降りた。後方へ下がる。視界に入らなければ破壊対象に入らないと、技術局長は言っていた。

「ライラねえちゃん、エミリアねえちゃん、下がって隠れて!」

 少年の言葉に従い、赤毛の少女がほかの二人の少女を物陰に押しやった。赤毛の少女自身は少年の後ろで身構える。

(ということは、扉ぶち破ったのはあの赤毛か。少年の目晦ましよりもそっちのほうが厄介だな)

 無論、自律機兵とて物理的に破壊されれば動かなくなる。零型には遮晄の塗装はなされていない。鋼鉄を焼き切る熱線を放たれたら、装甲は無事では済まない。

 緩慢な動作で立ち上がると頭部のセンサーを赤く光らせ、零型は両腕を振り回して手当たり次第に壊し始めた。鉄骨や階段が飴細工のように変形する。

「あっぶな」

 呟いてイドレは零型から更に距離をとった。無事な階段を使って二階の足場へ戻る。常に零型の背後にいれば、攻撃対象に認識されることはないはずだ。

 少女が放った炎の塊が零型の肩口に炸裂する。動くものを見つけた零型は少女に狙いを定め、足を踏み下ろした。床がひび割れて破片が散る。少年と少女は声を掛け合いながら壁際へ逃げた。

「あ、ちょっと、あんまりそっち行かないでほし……あーあ」

 二人を追う零型の振り回した腕が壁に当たり、要塞ほど強度に重きを置かれていない工場のそれには簡単に風穴があく。動きを止めようと考えたか、少年が果敢に剣で零型の足を狙うが、傷はつけども破壊には至らない。

「いやー、その剣じゃ無理だと思うよ」

 イドレの呟きが聞こえたわけでもあるまいが、少年は光球を幾つか投げつけた。そのうちの一つが零型の頭部に命中して爆発と同時に発光し、イドレは眩しさに目を細める。零型はぐらりと傾き、重なったコンテナに衝突して斜めになって止まった。しかし、藻掻くように手足を振り回してコンテナを崩してしまい、横倒しになる。そこへ少女が放った炎が追い打ちをかける。

(センサー部への目晦ましは有効か。姿勢制御に難あり。ほらね、二足歩行なんかにするから。……これ万が一零型が壊されたら、データちゃんと残るのかね)

 零型が破壊され、行動ログまで失われたとなれば、局長は烈火のごとく怒るだろう。イドレのせいにされそうだが、八つ当たり的に怒られたらとっとと逃げようと思う。局長には処刑寸前で拾ってもらった恩はあるが、それ以上のものはない。

「零型、一時停止。姿勢制御を優先」

 横倒しのまま暴れ続けると、柱を折り、崩壊した工場の下敷きになりかねない。さすがにそれでは間抜けすぎる。

(……あれ、どこいった)

 工場内は崩れた壁や壊れた機材で滅茶苦茶になっている。どこかに隠れたか、二人の姿が消えていた。兵士たちに動きはないようなので、外に出たわけではないらしい。

「仕方ないな」

 零型に索敵は無理だ。自分で捜すことにして、イドレは足場から飛び降りた。ぼそぼそと話し声が聞こえる。

「いいえ、アルは逃げ……―――…の機械人形……が食い止める」

「一人じゃ……だ! ねえちゃんたち……」

「……わたしに任せ……」

 会話を聞いて、おや、とイドレは眉を上げた。出てきた名前を記憶にあるものと照らし合わせる。

(これはひょっとして、ひょっとするか?)

 単独で敵の要塞に乗り込んでくるような考えなしが、と否定しかけるが、可能性はなくはない。何より、この赤毛は、己と他の少女二人の命よりも、少年一人の身の安全が大事らしい。

(ちょっとつついてみるか)

 イドレは二人が隠れている場所へ近付いた。

「……アル……ゼロ様と……アークへ……」

「……やだ……おれだけ……て……」 

「そうだね、せっかく助けにきたのに。みんな一緒に帰りたいよねえ」

 言いながらかしいだ鉄板を蹴り倒すと、陰に潜んでいた少年と少女は同時に振り返った。即座に間合いを取り、身構えるのを見て、いい反応だとイドレは微笑む。

「それじゃ、続きといこうか」

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