第三章 10-1

 10


めてんだろ」

「何をです?」

 きょとんと聞き返してくるエルクへ、ヒューベルトは顔を顰めた。

「おまえらの登録。団体名が『新人ルーキー』、代表が『名無しネームレス』って、舐めてるとしか思えねえだろ」

「言ったじゃないですか。登録手順がわからなくて、いつの間にかそれで登録されてしまったって」

「聞いたけどよ」

 百歩譲って「新人ルーキー」はともかく、代表者名「名無しネームレス」はないだろうと思う。

 冒険者ギルドの一角、酒場も兼ねている食事処で、ヒューベルトとエルクは手続きに行っているゼロを待っていた。暇潰しにと登録団体の名簿をめくったところ、「新人」を見つけて代表者名が「名無し」だと知り、今の会話である。

「通す方も通す方だ。一旦止めろよ」

「二つ名のほうが有名で、そっちで登録してる人もいるそうですから、名無しの新人でも新人の名無しでもいいんじゃないですか」

「ややこしいわ。団体名はともかく、代表者はゼロでいいじゃねえか」

「それは、ゼロが名前を出すのを嫌がりまして」

「なんでだよ」

 ヒューベルトが尋ねたときは存外、素直に名乗った記憶があるので聞き返せば、エルクは首を傾げた。

「さあ? 詳しい理由は言ってませんでしたけど。―――そんなわけで、『名無し』で登録されてしまったので、ゼロはこのあたりでは『名無し』で通っています。ですから、あなたに名乗ったときは少し驚きました」

「ふうん……。なら、代表者はエルクにすりゃよかったじゃねえか」

「私が戦えるように見えますか?」

「見えねえな」

「でしょう」

「威張ることじゃねえだろ。……まあ、はったりは必要か」

 代表者がいかにも机にかじりついていそうな眼鏡より、無愛想なフードの男の方が、荒っぽいことを引き受けるなら、説得力があるかも知れない。己を無理矢理納得させて、ヒューベルトは一人で頷いた。

「名前を出したがらないってことは、理由わけありか」

「多分」

 曖昧に首肯するエルクへ、ヒューベルトは鼻を鳴らす。

「言いたくないならそう言え。別に、この数日でおまえらに信用されたとは思ってねえから」

「誤解しないでください、本当に知らないんですよ。私が彼について知っていることは、ゼロという名前と、おそらく弟さんがいることだけです」

「……おそらく?」

 エルクの話は先程から要領を得ない。「おそらく」というのはなんなんだと眉をひそめると、

「覚えていない」

「うおっ」

 突然、背後から声がして、ヒューベルトは慌てて振り返った。手続きを終えたらしいゼロが、俯きがちにうっそりと立っている。

「おま、戻ってきたなら言えよ」

 ゼロはヒューベルトを一瞥し、空いている椅子に腰掛けた。フードはそのままだが、さすがに屋内では見えづらいのか、ゴーグルは外されて首に掛かっている。あらわになった双眸は朝日を固めたような金色で、光国こうこくアルドラから流れてきたというのは本当らしいと、ヒューベルトはゼロを観察する。金眼はアルドラ人によく見られる特徴だ。

「覚えてないって、まさか記憶喪失なのか?」

 ゼロは無言で小さく頷く。エルクが代わりのように口を開いた。

「酷い怪我だったので、そのせいかと……名前も思い出せないそうで」

「だから『おそらく』なのか。でも、弟がいるのは覚えてるんだろ?」

 これにはゼロは首を左右に振った。エルクが補足する。

「ゼロを『ゼロ兄』と呼んでいた男の子がいたんですよ。ゼロの身元に関する手がかりが何もないので、とりあえずその子を捜してみようということになりまして」

「なるほど。つーかゼロは自分で喋れ。他人に説明させんな」

「今の俺が知っていることでエルクが知らないことはないから、いいかと思って」

「よくねえわ。どんな理屈だ。エルクも、いちいち代わりに説明してやるんじゃねえよ」

「誤解をばら撒くよりいいかと思いまして」

「よくねえわ。お母さんか」

 ぼやきながらヒューベルトは手元のジョッキを持ち上げ、空なのに気付いてテーブルに戻す。飲み足りないので店員を呼ぼうかと振り返ると、それを止めるかのようにゼロが言う。

「そんなことより、護衛はこの町までって話だったな。残金を支払え」

 半分は前金として渡してある。懐の中身を思い浮かべ、ヒューベルトは誤魔化し笑いを浮かべた。

「いやあ、それが今はまとまった持ち合わせがなくてよ」

「……なんだと?」

 ゼロの、やたらに整った顔に険が宿り、ヒューベルトは慌てて片手を振った。

「まあ待て。ちゃんと払う。―――あーあ、誰かさんが一位になったおかげで、大損したからなあ」

「おまえの運のなさにまで責任は持てない」

「うっせ。真面目に否定すんな」

「でも、どうやって? 手持ちがないんですよね」

 不思議そうにするエルクへ、ヒューベルトは親指で通りのほうを示してみせる。

「この町に、俺の工房があんだよ。だから戻ってきたんだ、久しぶりに。そこに行けば金になるものが多少はある」

「しばらく使っていない工房に金目の物があるんですか」

「見る人が見ればってやつだ。わからない奴にはガラクタさ」

 説明を聞いたゼロが、胡乱うろんなものでも見るように目をすがめた。

「それは、俺たちにとってもガラクタじゃないのか」

「そこはほれ、俺が金に換えておまえらに支払えばいいだろ」

「……つまり、工房までついてこいということだな」

「そういうこと。そこで剣も直してやるからよ」

 ゼロは意外そうに目を見開き、呆れた様子で小さく息をついた。

「まだ諦めていなかったのか」

「諦めるわけねえだろ、そっちが主目的だっつの」

賭博師ギャンブラーが剣に何の用―――」

「名無しさーん! 新人の名無しさーん! お待たせしましたー!」

 言いかけたところで奥のカウンターから呼ばれ、ゼロは口を閉じて立ち上がった。カウンターへ向かうのを見送りながら、エルクが言う。

「客観的に聞くと、新人の名無しって軽い悪口ですね」

「おまえが言うな」

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