第三章 1
第三章
1
「……嘘だろ」
壁の掲示を見て呟くと、カウンターにいる
「外れたなあ、ヒューベルトよ」
「人の不幸を笑うんじゃねえよ」
どこのギルドでもそうだろうが、一定期間内の危険種の討伐数や依頼の達成数を集計し、順位を張り出している。そしてそれは、しばしは賭けの対象になる。
ヒューベルトは、六期連続一位だった「黒獅子団」に賭けていた。二位の「風の狼」、三位の「ギルヴァ・ルストン」とともに、その地位は不動だと思っていたのだが、ここへ来て「
ヒューベルトとて
「誰だよこの『新人』って。舐めてんのか」
「ここに出てるってことは、そういう登録名なんだろ」
上位に入れば名前が売れる。ゆえにパーティ名か個人名で登録するのが一般的だ。しかし、今期の一位は「新人」となっている。文字通りの新人なのだろうが、「新人」で登録するときに誰も止めなかったのが謎だ。
「登録はここじゃねえのか」
「『新人』が活動してるのはもっと北の方だってよ。なんでも、
「アルドラからかよ。なんでこっち来るんだ、シェリアークに行けシェリアークに」
「外したからって八つ当たりするなよ」
「八つ当たりじゃねえわ正当な主張だわ」
揶揄を含んだ店主の言葉に、ヒューベルトは鼻を鳴らす。正当な主張というのは大袈裟ではない。
それでも、アルドラが落城した直後は、
今のところは、都市の長たちで構成される「親方衆」が、帝国としては、次はアルドラの南隣である水国シェリアークを攻め落として大陸の東沿岸部を掌握したいだろうという予想を出し、大分落ち着きを取り戻している。しかし楽観はできない。シェリアークが落ちたら、おそらく、次こそフェムトだ。
シェリアークとは東の国境を接しているため、今のうちに対策を立てた方がいいとヒューベルトは思うのだが、「親方衆」はしばらく静観する腹積もりらしい。
スヴァルド帝国がどうやって魔法障壁を破壊したのかはわからない。だが、アルドラが落ちて以降は動きがないので、連発できる代物ではないらしい。
「来期はどうする? 賭けるのやめるか」
「冗談。ちょっと待ってろ」
言い置いてヒューベルトは、壁に掲示されている登録者一覧を見に行く。「新人」の名もあった。今期の一位をとっているということは前回も一覧にいたはずだが、ヒューベルトの目に留まらなかったか、「新人」を登録名だとは思わず見逃したかだろう。
(……どうするかな)
ルールは簡単だ。来期の一位を予想して、好きな金額を賭ける。賭けられるのは一つだけ。登録者ごとに倍率が設定されており、過去の実績が大きければ大きいほど低くなる。
一覧を眺めながらしばし考え、ヒューベルトはカウンターに戻った。暇そうにグラスを磨いている店主が顔を向けてくる。
「決まったか?」
「ああ。『新人』に賭ける」
「おお? どういう風の吹き回しだ。おまえさんなら『新人』が今期一位をとったのはまぐれだっつって『黒獅子団』に賭けるかと思ったが」
「それも考えたけどな。なーんか『新人』がひっかかりやがるんだよな。ま、賭博師の勘ってやつだ」
「勘ねえ。ま、いいけど。じゃあそっちで―――」
「ヒューベルトさん!」
言いさした店主の言葉を遮って、少年の声と共に酒場の扉が勢いよく開いた。店内の全員がそちらを振り返る。
「……コリン」
低く呼べば、少年―――コリンはぱっとヒューベルトを見た。
「ヒューベルトさん! 来てくれ! 落盤だ!」
「まーたーかーよー」
ぼやきながらヒューベルトは店主を振り返った。
「前回と同額で」
「同額? 本気か?」
目を丸くする店主を置いて、ヒューベルトはコリンと店を出た。走りながら尋ねる。
「どこだ?」
「十三番坑道!」
「またかよ!」
十三番坑道はついこの間も崩れたところだ。元々岩盤が脆いのか、崩れやすいとは聞いていたが、こう頻繁に崩れるとなると、掘削は諦めた方がいいのではないかとヒューベルトは思う。
「親方に閉じちまえって伝えとけ」
「でも、親方は十三番の奥に稀少な石があるって言ってたよ」
「命あっての物種だろうが」
「ヒューベルトさんがいるから大丈夫だって」
「俺ありきで考えるんじゃねえよ」
舌打ちを堪え、ヒューベルトは十三番坑道を目指した。人だかりができており、その中の一人がヒューベルトに気付く。
「あっ、来た!」
「こっちだ! 早く!」
「わかったから下がれ、危ない。崩れたのはどのあたりだ?」
「左側だ。入り口から三本目の脇」
「あいよ。まったく、何回目だ? 死人が出る前に閉じちまえよ」
入り口周辺から人々を
(多いな……)
「力」を使っている間は、動く土砂は感覚でわかる。以前の落盤よりも広く崩れたようだ。
「……上がった。早くしろ、長くはもたねえぞ」
「助かる! よし、行くぞ!」
「明かりと担架! 急げ!」
待機していた鉱夫たちが坑道へ雪崩れ込んでいく。あまり大人数で行っても、とヒューベルトは思うが、口には出さない。聞き咎められて口論になったら面倒だ。集中を切らすわけにはいけない。
ややあって、怪我人が運び出されてきた。無傷だが閉じ込められていた人々も出てくる。
「よう、ヒューベルト」
「よう、じゃねえよ。何回目だ」
頭領が出てきたということは、避難は済んだと見てヒューベルトは「力」を使うのをやめて立ち上がった。浮いていた土砂が再び落ち、遠くから重い音が響く。
「助かったぜ。死人は出なかった。おまえさんのおかげだ」
「死人が出る可能性があるなら最初から手を出すな。あと、俺ありきで考えるな。コリンから聞いたぞ」
頭領は一瞬目を泳がせたが、すぐに取り繕うような笑みを浮かべた。
「あー……いや、別におまえさんを頼りに掘ってるわけじゃねえぞ。今回は危険箇所がたまたま重なってだな」
「前回も十三番だっただろうが」
遮れば、頭領の表情は苦笑いに変わる。更に言ってやろうと息を吸い込んだ瞬間、
「黙って聞いていれば、なんだその口のききかたは!
横から鋭い声が飛んできて、ヒューベルトはそちらを見た。黒髪を短く刈り込み、いかにも鉱夫といった風体の筋骨隆々の男が、肩を怒らせながら近付いてくる。おそらく三十路には届かないであろう彼は、ヒューベルトと同年代に見える。
「誰こいつ」
知らない顔だったので頭領に尋ねると、男はますます目をつり上げる。
「無視をするな!」
「落ち着け、ダーシュ。―――隣町の若頭だ。手伝いに呼んだんだ、若衆を連れて来てくれってな」
「ふうん。俺のこと知ってるのか?」
「説明はしたが……」
困り顔の頭領とは裏腹に、ダーシュの声は輪をかけて大きくなる。
「おい! 聞いているのか!」
「うるせえな。大声出すなよ」
「うるさいとはなんだ!」
「自覚ないんか。俺の口のききかたがどうとか、おまえに関係ないだろ」
「関係ないことはない! 頭は敬って然るべきだ!」
「おまえの頭かもしれんが、俺の頭ではない。つーか、頭が怒るならまだしも、なんでおまえが怒るんだよ」
「頭が怒らないから俺が怒っているんだろうが!」
やれやれ、とヒューベルトはため息をついた。
「話にならねえな。俺は誰の下にもつかないし、誰の上にも立たない。そういう契約だ」
「そんな身勝手な話があるか! 『継承者』だからって思い上がるなよ!」
「あ」
ヒューベルトが思わず呟く隣で、頭領が片手で目元を覆った。
「ばっ、おま、ダーシュ……馬鹿野郎」
波紋が広がるように周囲にざわめきが広がる。
「……え? え? 何て?」
「今、『継承者』っつった?」
「ヒューベルトが? 本当に?」
「魔法じゃなかったのか? 『継承者』の力……?」
ため息も出ず、ヒューベルトは騒ぎが大きくなる前に消えようと頭領へ片手を挙げた。
「じゃあそういうことで。また縁があったらな」
「あっ、おい待て、待ってくれヒューベルト!」
ヒューベルトは早足で採掘場を出る。急ぎ、ここを離れなければならない。知れ渡ってしまえば、身動きが取れなくなる。
(面倒だが仕方がない)
土の紋章持ち―――ヒューベルトは「継承者」という言葉が嫌いだ―――であることで常に縛られ、監視される生活に嫌気がさし、親方衆と大喧嘩して飛び出したのは十年以上も前のことだ。以来、フェムト国内からは出ない、居場所は知らせるという約束の下、流れ続けている。
一度、本気で行方を
(さて、どうするかな。……「新人」の顔でも拝みに行ってやるか?)
存外それは悪くない思いつきに感じた。店主は、「新人」は北の方にいると言っていたから、とりあえず北へ向かい、細かい行き先はそれから考えよう。
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