第二章 1
第二章
1
「そうか……まだ姿が見えないと」
青年の言葉に、報告を持ってきた若い神官は頷いた。
「国境付近の噂なども集めているようですが、それらしきものはないとのことです」
青年は口元に手を遣って息をついた。
救援ではなく王子の亡命の申し入れだったのが意外だったが、スヴァルド帝国の侵攻が電撃的で、シェリアークの救援を受けても戦況を覆せないとの判断だろう。
当初はアルドラ領内まで迎えを
その後、国境警備隊の各隊長から定期的に報告がくるのだが、アルクスが現れたという報せははどこからも入ってこない。
「隊長は、他に何も?」
「はい。今後も注視を続けると」
「うん。しばらくはそのように」
「承りました」
神官が退出していき、代わりのように侍従が声をかけてくる。
「畏れながらレイツェル
「ああ。支度をするから人を寄越してくれ。御令嬢たちは部屋に案内して構わない」
「畏まりました」
侍従が退出していき、青年―――レイツェルは執務机から立ち上がった。伸びをしながら窓辺に寄り、町を見下ろす。
雨が降っている。
晴れていれば一望できるはずの、湖中の至宝、青き睡蓮と名高い町並みは、今は陰鬱な薄墨色に沈んでいる。外の暗さに鏡になった窓には、レイツェルの姿が映る。
双眸に僅かな険が宿っていることに気付き、彼は一つ瞬いた。険は消える。一人の時ならばいざ知らず、他人に負の側面は見せてはいけない。
(……生きていればいいが)
捕らえられたならば、帝国は光国の王子を捕らえたと喧伝するだろう。それがないということは、まだ帝国の手には落ちていないはずだ。身を隠しているならいい。しかし、どこかで命を落として発見されていない可能性も考えられる。こればかりは、生きていることを祈るしかない。
隣国の王子とはいえ、シェリアークの都から動けないレイツェルは、片手で足りるほどしか会ったことがない。最後に顔を合わせたのは、五年以上も前のことだ。父王リュングダールに連れられてきた伸びやかで快活な少年は、まさに光の王子を体現しているようだったのを覚えている。
アルクスの行方に加え、炎の継承者も行方不明になっているのも気にかかる。
十五年前、
「失礼いたします、レイツェル猊下」
侍従の声で我に返り、レイツェルは振り返った。「お茶会」に顔を出すレイツェルの支度をするための人手だ。彼らに頷き、レイツェルは次の間へ入る。いちいち私室に戻って着替えるのは面倒なので、執務室の次の間を衣装部屋にしてしまった。
正直なところ、「お茶会」など面倒なだけでレイツェルには何の得もない。だが、令嬢たちの家は多額の寄付をしてくれるので、
「今日は何人?」
「六人いらっしゃっています」
「名前と特徴を教えてくれ」
「畏まりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます