第一章 2-3

 *     *     *



 アルクスを介抱していたフィアルカが戻ってきて、上体を起こしているディゼルトを見ると困ったように眉を下げた。何か言われる前にと、ディゼルトは尋ねる。

「アルは?」

「落ち着かれて、今はお眠りです。過呼吸を起こされたようで……」

 無理もないとディゼルトは目を伏せた。昨日、城を落ちてから短い間にいろいろありすぎた。それでなくても光国こうこくアルドラ王子であるアルクスは、魔法障壁が破られて以降、心安まる時などなかっただろう。

「ディゼルト様も、どうぞ横に。安静になさってください」

「俺のことは……」

 言いかけてディゼルトは一度口を閉じた。改めてフィアルカを見る。

「フィアルカ、治癒術で俺の傷を治してくれないか」

 目を瞬いたフィアルカは、すぐに目を見開き、強くかぶりを振った。

「お言葉ですが、ご説明申し上げましたとおり、わたくしの力では」

「いいんだ。動ける程度に治してくれ」

「ですが」

「アルが俺を置いていかないと言うのなら、俺も動くしかない。ここに留まっているのは危険すぎる」

 アルクスは、父王譲りなのか、非常に頑固なところがある。先程の様子では、ディゼルトが残る場合は梃子てこでも動かないに違いない。自分の立場と状況をかんがみろと叱りつけたいところだが、意地になった少年に理屈は通用しない。

「きちんと手当てをして、安静になさっていれば、いずれ治る傷です。無理に治しては、お命を縮めかねません。まだ銃弾も取り出せていないというのに」

「構わない。アルが国境を越えるまでもてばいい。いずれでは遅い」

 告げれば、フィアルカはとても悲しそうな顔になった。悄然しょうぜんと頭を下げる。

「申し訳ありません……わたくしに、もっと魔法の才があれば……」

「フィアルカが謝ることじゃない。……それは、あのとき城にいた全員が思っていることだ」

 もしかしたら、アルドラ国民全員かもしれない。―――己にもう少し力があれば、帝国の侵略など許さなかったのに。

「だから、フィアルカ。治してくれ。アルの目が覚めたらとう」

「……わかりました」

 まだ何か言いたげにしていたが、説得を諦めたらしいフィアルカは頷いた。意に沿わぬことを無理強いするのは心苦しいが、他に選択肢がない。

「すまない」

「いいえ。……逆の立場だったら、きっとわたくしも同じことを申し上げると思いますから」

 独白のように呟いたフィアルカは、意を決したように息をつくとディゼルトの怪我の上に片手をかざした。そのてのひらにぶく光る。

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