第二章 10

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 途切れがちに話すアルクスの話を黙って聞いていたレイツェルは、話が終わると一つ頷いて痛ましげにアルクスを見た。

「大変な思いをしたね」

 俯いたアルクスは、かぶりを振る。

「いいえ。おれ……私に、もっと力があれば……」

「一人で背負い込んではいけないよ。世界は、個人の力ではどうしようもないことの方が多い。戦などその最たるものだ」

 レイツェルの言葉に、フィアルカも救われたような気になる。国と国との戦で、少数の個人の力がどれだけ優れていようと、戦況を覆すには至らなかった。彼の言うように、どれだけ力があっても個人ではどうしようもなかったのだ。

 だが、とフィアルカは胸中でかぶりを振る。

(違うわ……わたしは、前線に出なかった自分を正当化したいだけ)

 炎の継承者たるフィアルカは、多少なりとも戦力になったはずだ。しかし、リュングダールはフィアルカを戦場へ出すことはせず、アルクスを守るよう命じた。それは、リュングダールの温情だろう。命の恩人でもある光の国王は、フィアルカが己の「力」を行使するのを恐れていることを知っていた。

 アルクスとレイツェルの話は続いている。

「二、三、質問をしたいのだけれど、いいいかな」

「はい。なんなりと」

「魔法障壁が破られたと聞いたが、一体どのようにして? アルクス殿下は王城にいたし、『要』も持ち出されてはいなかったのだろう?」

「……わかりません。宮廷魔導士によると、壁に強い負荷がかかったのだろうと」

「魔法障壁は、物理的な力で破れるものではない。物理的な壁を作り出しているわけではないからね。干渉できるとすれば、強い魔力だけれど……スヴァルド帝国に魔法使いは殆どいないはずだ」

 考え込むレイツェルへ、アルクスは首飾りを外して差し出した。

「これが、アルドラの『要』です」

 目を遣ったレイツェルが瞠目する。

「……宝珠が割れているね」

「城を落ちるとき、この状態で父から託されました」

「そうか……、だから張り直せなかったのか」

 納得した様子で頷くレイツェルに、アルクスは首をかしげた。

「張り直せなかった?」

「魔法障壁を展開するには、『要』と『継承者』が必要だ。アルクス殿下が生まれたのは、炎国えんこくミルザムが落ちた後だから……障壁の展開はしたことがないのかな。リュングダール陛下がお作りになった壁をそのまま使っていた?」

「……はい。魔法障壁に関しては、私は一度も」

「ふむ。―――十五年前のミルザム戦役は知っているね?」

「一通りは学びました」

 スヴァルド帝国と交易があった十五年以上前、帝国との不可侵条約に従って神擁七国しんようななこくは魔法障壁を展開していなかった。障壁内では機械が動かなくなるので、帝国の車や船が使えないからだ。主に帝国との貿易を行っていたのは大陸東沿岸部のミルザムだったが、他の六国もそれにならっていた。

 しかし、帝国はある日突然牙を剥いた。当時の炎の継承者は殺され、その血族も皆殺しにされたため次代の継承者は行方不明。魔法障壁を展開する暇もなく、ミルザムは落ちた。

 以来、水、風、雷、土、光、闇の六国は障壁を絶やさず、ミルザムを支配下に置いた帝国は、侵略の決め手を欠きつつもミルザム奪還を許さず、現在に至る。

「障壁を破られたとしても『要』と『継承者』がいれば、再展開は可能だ。しかし、この『要』は最初の攻撃で損なわれたんだろう」

「ああ……なるほど。だから……アルドラは……」

 独白のように呟きながらアルクスの表情が沈んでいくのを、黙って見ているしかできないのが歯痒くて、フィアルカは両手を握り締めた。アルドラが落ちてまだ幾らも経たないだから、もう少し配慮してくれてもいいのにと、レイツェルに理不尽な怒りすら覚える。

「幸い、帝国はその攻撃を連続で使うことはできないようだ」

「どうしてですか?」

「アルドラのことで、残りの五国は更に警戒するだろう。連続で使えるなら、守りを固められる前に全部壊してしまった方がいい」

 頷いたアルクスの表情に険が宿る。

「……帝国は、西大陸全土を侵略したいのでしょうか」

「それはわからない。せめて、何か声明でも発表されればいいのだけれど、未だにないようだしね。ミルザムの時もそうだった。何が目的で侵略してきたのかわからない」

 兵士が言っていた「燃料」ではないだろうかとフィアルカは考える。

 スヴァルド帝国には国中に機械が溢れているのだろう。その「燃料」が足りなくなり、完全に枯渇する前に西大陸に「燃料」の原料を求めて攻め込んできた。しかも、原料は人間であるという、吐き気をもよおすような話だ。自国の民を「燃料」にはできないから、外に求めたのだろう。

(そうだとしたら、許せない……)

「……ア。フィーア」

 アルクスに呼ばれ、目の前で手を振られてフィアルカは我に返った。

「ご、ごめんなさい、何かしら」

「なんだか顔が怖いよ。―――レイさんが、炎の『要』を知っているかって」

 フィアルカはレイツェルに向き直り、頭を下げた。

「申し訳ありません、わたくしは……何も存じ上げないのです。『要』の所在も、何故わたくしが『継承者』に選ばれたのかも……何一つ」

 レイツェルは不思議そうな顔をする。

「継承者の是非なんて話はしていないよ。知らないならいいんだ」

「申し訳ありません」

「どうして謝るのかな」

「お役に立つことができず……」

 フィアルカの言葉を皆まで聞かず、レイツェルは小さく笑った。

「役に立つ、立たないなんて話もしていない。僕が質問をして、君は知らないと答えた。それ以上でも以下でもない。君は常に、自分をどう役に立てようかと考えているのかい? 期待に応えようとすることはいい心がけだけれどね、四六時中では疲れてしまうよ」

「……はい」

 頷くフィアルカに頷き返し、レイツェルは一つ息をついた。

「すまない、長旅で疲れているだろうに、長くなってしまったね。ここは安全だから、しばらくゆっくり休むといい。必要なものがあれば用意させるから―――」

「あの、レイさん」

 レイツェルを遮ったアルクスは、思い詰めた目をしている。

「なんだい?」

「お心遣い、ありがたく思います。でも、おれは……休んでいるわけにはいかないんです」

「そうかな。僕には、君たち二人には十分な休息が必要だと思うけれど」

「いいえ。―――お願いです、レイさん。おれに力を貸してください」

 レイツェルは、穏やかな笑みを絶やさず、しかし一瞬たりとも考える素振りも見せず、言い切った。

「それはできない」

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