第5話 誕生

 歳をとってからの勉強の大変さを身をもって体験中です。


 今は現地言語の学習中。


 言語の解析が完了した時点で自動翻訳機で対応できないか検討したんだけど、どう見てもこの惑星の文明レベルじゃ異質なんで諦めた。同時通訳で聞くことはできても返事が返せない。スピーカーなんてこの惑星にはなさそうだもん。口が動いてないのに声が聞こえたら変でしょ。できるだけ目立つのは避けたいので簡単な日常会話程度の習得を目指して奮闘中です。


 そんな脳が溶けて流れだしそうな苦悶の表情をした俺の目前には、光輝くプラチナブロンドの長髪に、見つめられたら吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳で口元に優しい微笑みを湛えた整った顔立ちの女性がいる。


 ドルです。


 ドロイドにコンバートしました。コピーだけどね。


 宇宙を彷徨ってる3か月の間はひたすらゴロゴロ過ごしてた訳じゃなく、先の事も考えつつ色々やってました。積み荷の確認もその一つ。


 そして、荷物の中に「ドール」が3体ある事を確認してました。


 「ドール」とはその名の通り人形です。ドロイドの一形態なんだけど、通常のドロイドが一目でドロイドと判別できる外観なのに対して、ドールは人と同じ。挙動も当然、滑らかで人と変わらない。ワーカーなんかとは比べ物にならない技術と手間をかけて人と区別できないレベルに仕上げられた高級ドロイドだ。街ですれ違っても気づけない。


 判別には常時発信が義務付けられている微弱な信号を読み取るか、特殊波長の光を当てると一定時間紫色に発光する皮膚を確認する必要がある。VIPの集まる場所には確認のための装置が設置されているのが常識らしい。重要会談の相手が偽物でしたなんて事じゃ確かに困る。


 因みにワーカーの値段は1000万クレジット前後だが、ドールは10億クレジット以上するらしい。するらしいというのは俺には買えないのであまり興味がなかったからだ。積み荷を調べるまで思い出さなかったのもそのせい。自分に関係ない世界の物の扱いなんてそんなものでしょ。


 機能は用途に合わせて警護用の戦闘型とか、病人や年寄りの世話のための介護型、シュミレート機能に特化した秘書型や、贅沢な趣味のための愛玩型などがあるようだ。


 動力はワーカーが交換式の原子力バッテリーなのに対して、ドールは半永久的に稼働可能な小型リアクターを内蔵している。そりゃ10億もするわ。


 でも趣味に10億ってどれだけ執着してるんだよ。どんなものでも見栄えを気にすると高くつくけど趣味の世界に限度という言葉はないのだろうか。


 そして今回、目の前に役に立ちそうな物があって、死蔵され朽ちる未来しかないのなら、有難く使わせて頂きましょうと考えた次第です。緊急避難行動としての利用可能資材の有効活用を模索しての結果です。決して「使ってみたかった」なんて私欲に塗れての行動じゃないですからね。


 大体、無事に還れたとしても、そのころには積み荷は保険で清算済みだから廃棄処理だろうしね。


 よし、問題ない。うん、俺に落ち度はない(はずだ)。


 そんな特殊な個体ではあるけれどもドロイドに変わりはないので、ワーカーのようにリモートでも稼働できるのだが、見た目が人間なのでコンマ数秒の通信ラグが小さな違和感を生み、その積み重ねが大きなストレスとなる。それを忌避して殆どのドールは用途や要望に沿って予めカスタマイズされた個体専用AIによりスタンドアローンで稼働し、必要に応じて指定のセントラルに接続を行いバックアップを行う。


 ドルの場合はこの時点から全く違う個体として成長させる事もできる。けど、俺の中では「ドル」としてまとめたいので、ドール側がドロイドの行動決定権を持ちながら、船側がセントラルとして新しい情報を都度整理共有し、小まめな同期を行って違いを無くすことにした。つまり、通信環境が確保されている限り、いちいち指示は出さないけど常にモニターして経験を共有する訳だ。


 そんな訳で結局は両方ドルなんだけど、同じ呼び名はややこしいのでドールには新しい名前を付けることにした。


「今日からお前は ”マリダ” だ。宜しくね」


「はい、宜しくお願いしますマスターリュート」


 そして美しく賢い先生が誕生したのだ。滅茶苦茶スパルタの。


 マリダは解析結果データをそのままインストールするだけだから、既にネイティブと問題なく会話できるレベルだ。そのせいで今は船内の会話は現地言語となっており、現地言語で語り掛けないと受け付けてくれません。マリダ曰く「生活に密着させるのが一番効率的」だそうだ。


 いっそのこと俺は口がきけない設定にして、会話はマリダに丸投げでもいいんじゃないかとズルい事を考えながらマリダ謹製の即席教科書に目線を落とし、50ならぬ27の手習いを続けるしかなかったよ。


 人生は死ぬまで学びとは言うが、実践するのは本当にキツイっす(泣)

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