第115話 接戦

 眼前で繰り広げられる戦いにオデッサは目を見張っていた。



 開始の合図とともにキューがリュートに向かって飛び込む。五輝聖でも随一のそのスピードは選ばれし者エリーテですら躱すのも難しい速さだ。目の前で対峙していれば正に消えたように感じているだろう。


 クロウがマリダに敗れたのは驚いたが、クロウは選ばれし者エリーテとはいえまだ新人だ。素質と才能は十分であっても圧倒的に経験が少なく騎士団でも腕の立つ者であれば勝てない事もないだろう


 しかしキューは違う。その才能により双子のナナと共に最年少で選ばれてから既に5年をここで過ごしている。その間に私達やロッソ達と多くの訓練を熟し十分な実力をもった兵士である。特にそのスピードは歴戦の兵であったとしても初見で見極めるのは難しいものだ。


 だが、驚く事にリュートはそれを受け止めた。模擬戦である事を考慮して剣の威力を抑えたとしても動きを見極めなければ防げるはずがない。そのうえキューの攻撃の勢いを殺しきれずに弾き飛ばされながらだが反撃の剣を振るったのだ。


 陛下が評価しているので気になってはいたのだが正直たった二人で四百人ものロマーヌ兵を打ち倒したなど話半分として疑っていた。


 その考えが過ちであったことを目前に突き付けられた気がして愕然とした。

 選ばれし者エリーテですら見失うキューのあの動きが見えている。

 その方が信じられない話だ。


 その後の攻防もキューが圧しているとはいえその攻撃は全て受られ躱されてダメージを与えるには至っていない。


 そしてついにはリュートは自らの武器を破壊されながらもキューを投げ飛ばした。


 キューもダメージこそ受けてはいないようだが武器を手放し、素手での近接戦闘に移行するしかない状況だ。


 リュートの実力を見るだけならばもう十分なはずだが、目の前の男が見せた驚くべき能力の片鱗にその先を期待して戦いを停める言葉を紡ぐことはできなかった。






 突っ込んできた勢いそのままのキューの右拳を避けると返す刀で裏拳が飛んでくる。軽くステップで躱したら組手を取りに前に出たいのをグッと我慢するとその鼻先を左足の蹴りが唸りを上げて通り過ぎた。


 蹴りの勢いでくるりと回転して向き直るタイミングでようやく近づこうとすると間髪入れず左拳が飛んでくるので右腕でブロックしながら強引に左手で襟元を掴み後ろに押し込みながら足を刈ろうとするが見事にスカされたうえにこちらの組手をひねり上げようとする。


 慌てて組手を離し、体を捻りながらキューの手を振りほどき一旦下がって再び対峙した。


 一瞬の静止の後は打撃技の応酬だ。


 大振りなパンチを繰り出すキューに対してジャブで距離を測りながら意識を上に向けた所で抉るようなボディーを一発入れるが聖素による身体強化の恩恵なのか大したダメージは入っていないようだ。


 それどころか掴みかかってくるのでパリングの要領でその手を弾いて半歩後退。

 丈夫か!


 ならばとローキックを繰り出してみると予想通り気持ち高めの蹴りを手で防ごうとしてくるのでその隙を狙ってガードの下がった顔面に拳を突き出すも絶妙なスウェーで躱された。どんな動態視力と空間認知能力だよ。


 頭を狙えば避けられて胴を狙っても耐えられる。


 対応を考える暇もなく放たれたキューの右ストレートを肘で弾き巻き込むように固定してから右足で蹴りを放つと腕を抑えられ動けないキューは俺の蹴り足をお返しとばかりに抱え込んで互いの動きが一瞬止まる。

 俺はそこから跳び上がり残った左足を右腕の外側からキューの首まで振り上げ腕を両手で抱え込むように跳び上がりそのまま倒れ込む。

 これは繰り返し訓練して身体に染み込んだ動きだから何も考えずに体が反応した。


 このまま倒れ込めば逆十字が極まるところだが俺に向けられたキューの掌に光が集まるように見えた。


(あっ、これヤバいやつ!)


 そう感じた瞬間に腕の拘束を緩め手首を押しやり掌の向きを変えると同時に小さな火の玉が顔の上を通り過ぎた。


『ボシュ』


 飛び出した火の玉は地面を焦がして消える。


「これも避ける!」


 緩んだ腕の拘束を力で振りほどき距離を取ったキューが呟いた。



 いや、それ当たったら焦げるから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る