第169話 はぐれ

「やっぱり私が出なきゃ駄目ですかね?」


「そうだな。宰相殿の目論見通りだ。ここで力を示せば少しは居心地もよくなるだろう。私としても四百人殺しの腕前には興味がある」


「いや、それは五輝聖ペンタゴナのキューが勝手に言ってるだけですから」


 隣に立つ鍛え上げた筋肉を日に焼けた褐色の肌で包み栗色の髪を短く刈り上げた偉丈夫が俺を見ながらニヤリと笑みを浮かべる。あれ?偉丈夫って女性に使ってもいいんだっけ?


 そんな役にも立たない事を考えているここは宰相の命によりシュットハウゼン侯爵邸を包囲している第一軍の中。


 俺の隣に立つのは第一軍軍団長でもあるドリス将軍である。


 何故俺がこんな所にいるかと言えば森人の引き渡しと同時にシュットハウゼン侯爵の捕縛を決断したヒューリック宰相の一言のせいだ。


「リュートは傭兵だったな。いい機会だ。その力を示してみよ。ドリス将軍に帯同してもらおうか」


 俺的にはマリダもいない状況で前線は勘弁してもらいたかった所だが数的有利も確保されている状況だから出番も無いだろうと渋々だが受けたのが間違いだった。


 いざ臨場してみれば現場は立派な膠着状態に陥っていた。シュットハウゼン侯爵の私兵は二百に満たない寡兵に対して第一軍はそれに倍する兵を動員しているのだが一気に攻め込むことが出来ずにいる。


 理由の一つは邸宅の構造。ちょっとした砦より堅牢な造りなのだ。ぐるりと周りを囲む石壁は高く厚い。ちょっとやそっとでは超えられそうにない。きっと歴史の古い一族なんだろうが離宮よりゴツイ造りです。つまり攻め込むルートが限られていて数の有利を全く生かせていない。


 そしてもう一つが目の前にある。暗めの青い髪を風に靡かせながら刃渡りが一メートルを超えるであろう長大な剣を片手に持ち正門前に仁王立ちする大女。


 その圧倒的な威圧感の前に兵達も迂闊に手を出すことが出来ないでいた。


「あれが青鬼の異名を持つ傭兵長のガーシュだ。噂通りの実力なら私でも苦労するだろうな。時間をかければ数で圧し潰す事も出来るだろうがこちらも無傷では済まんだろう。一騎討で片を付けてくれると助かる」


 助かると言われてもですねぇ…。


 あの腕の太さと胸板の厚さはゴリラでしょう。金属製の胸当てを付けているせいもあるだろうがその迫力は一目瞭然だ。それにデカい剣を片手で振り回す膂力。正攻法で打ち破れるとはとても思えないんですが。


「はぁ〜」


 将軍の期待の眼差しを受けしかたなく溜息を洩らしながら動いた途端に人死が量産されるであろう現場へと足を運ぶ。


「何だお前は。男如きがしゃしゃり出る場ではないぞ」


 ピリピリとした殺気が満ちた空間を借り物の剣を片手に第一軍の兵士の間を割りトボトボと近づいてくる俺に気付いたガーシュが誰何の言葉を発する。


「そこ通してもらえませんかね?」


「なにを言っている。寝言なら寝てから言え」


 取り付く島もありませんが…。


「お互い無駄に痛い思いしたくないでしょ。罪人の捕縛に協力してもらえませんか?」


「心配するな。痛い思いをするのはお前達だけだ。我が主を罪人呼ばわりとはそれだけで我が忠義を愚弄するお前を見逃すわけにはいかんな。消えろ」


『ガキンッ』

 

 言葉と同時に片手で無造作に薙ぐように振るわれた大剣を借り物の剣で受け、力の流れに無理に抗う事はせずに自らの身体を跳躍させ衝撃を逃がす。


「くっ、我が剣を受けるとは小癪な。ならばこれでどうだ」


 初撃を受けられたのが余程気に入らなかったのか先程の一撃が本気でなかった事が良く分かる二撃目が上段から振るわれる。 

 

『キン、ドカッ』


 剣を横にして受けた瞬間に剣がもたないと微妙に角度をつけて火花を散らしながら流した一撃はその勢いを止めることなく捻った体の横を通り地面に敷き詰められたレンガを派手な音と共に粉砕して破片を周りに撒き散らしちょっとした穴を穿った。 


(うわっ、シャレにならん!)


 その威力とスピードは今まで手合わせした誰よりも勝っている。

 青鬼の二つ名は伊達ではないと言事だろう。


 だが全く知らない訳でもない。


「ひょっとして生まれは聖域の傍かな?」


 一旦距離を取り剣を構え直してから思い付いた疑問を口にする。


「聖域の森は我が庭。だが村が滅びて早13年。侯爵様に拾っていただいたからには今はこここそが我が故郷だ。だからこそ主を侮辱する事は許さん!」

 

 振り抜いた剣をゆっくりと引き上げながらガーシュが答える。


 はい正解。こいつ選ばれし者エリーテじゃん。はぐれの。ナチュラルに身体強化が使える紅鎧聖女ロッサントと同じだよ。


 王様が動く前に偶然拾った子供育ててみたら想定外に強くなったってとこだろう。素質があった程度にしか思って無さそうだけど。孤児だから騎士にはなれなかった感じかな。


 王様だってエリーテの可能性がある者を全て囲えてる訳じゃないんだからその辺に紛れていてもおかしくはないか。


 リシャールでの圧倒的な攻撃が頭を過る。その姿は正に一騎当千。この場で下手に手を出さずに睨み合っていた兵たちは運がいい。普通の騎士や兵士じゃ敵う訳がない。


 そうなると叩き斬ってお終いとする訳にもいかないか。何しろ貴重な人材だからね。さてどうしよう。


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