果ての空はどんな色

第170話 臍で投げる

　まずはあの剣だろう。リーチの差を削らなきゃ近づく事も出ない。

　俺が両手で構える剣は将軍の貸してくれた逸品のようだがこの世界では珍しく切れ味に振った造りの様で二合剣を交えただけだが刃毀れしたようだ。耐久性が無いというよりは相手が悪いのだろう。あの重さをあのスピードで叩きつけられれば普通の剣なら折れ飛んでいただろうからいいモノには違いないと思うがあと何回受けられる物やら。

「今度こそ終わりだ」

　威圧を込めた声と共に袈裟懸けに振り下ろされた大剣の腹にこちらの剣を叩きつけ太刀筋を逸らすと一気に踏み込みたい気持ちをグッとこらえその場に留まる。すると案の定すかさず右腕一本で返しの一撃が破壊的な風切り音と共に空を切った。

（ここだ）

　返しの一撃の勢いのまま開いた右半身へ潜り込もうと一気に踏み込めばガーシュも胴体部分に取り付かせまいと俺の動きを右膝蹴りで弾き飛ばそうとする。でも俺はそこにはいない。

　俺の目当てはガラ空きの腹ではなく大剣を持ったままさらけ出されている右腕だ。

　手首を掴んで肘関節の内側を押しながら腕の下を潜り右腕を後ろに捻り上げると力の抜けた手から剣が滑り落ちる。俺はその剣が地面に落ちる前に蹴とばした。

「ぬうっ！」

　ガーシュが力ませに腕を振りほどこうと暴れるので俺は一旦手を離し再び間合いを取った。

「ふん、貴様如きを倒すのに剣など不要だ！」

　離れた場所に転がる愛刀を一瞥すると剣を手放したことなど気にもかけずに強引に拘束を解いたために痛めたであろう右腕で素早く拳を繰り出してくる。

　だけど大振り過ぎだよ。

　喰らえば頭が吹っ飛びそうな拳をこちらも剣を手放し外側へ弾くと同時にカウンター気味の右ストレートが最短距離で下から顎を撃ち抜く。

　痛ってー！！！

　まるで岩を殴ったような手応えだ。

「グッ」

　いくら身体強化で筋力や表面を強くしていようが脳の揺れまでは抑えられない。

一瞬動きが止まったところで間髪を入れず今度は左で耳の下を狙い撃つ。

　直接揺らされた三半規管の影響で巨体がバランスを失いグラリと後ろに傾いた瞬間にスルリと脇を抜けて背後から鍛え上げられた胴体に腕を回しがっちりとクラッチを固定する。

「歯ぁ食いしばれよ！」

　半ば自分を励ますようなセリフを口にしながら臍に力を込めて密着した巨体を地面から一息に引っこ抜き勢いよく背中を反らせて自分はブリッジの体勢を取りながら抱えたガーシュを後方に頭から叩きつけた。

「おわっ、ガッ」

　舞い上がる埃の中でガーシュが動く気配が無い事を確認してからクラッチを切り横にゴロりと転がりながら体を離す。改めてガーシュの様子を確認すると叩きつけられた姿勢のまま尻を上にして白目を剥いて泡を吹いていた。これで死んだのなら正に骨折り損だ。右拳がズクンズクンと痛みを訴えている。取り敢えず死んでない事を祈ろう。

「青鬼を投げやがった」

　周りで成り行きを見守っていた兵士の一人が小声で呟く。

「凄ぇ奴だ」

「あの男、青鬼に勝ちやがったぞ」

「「「「「う、うぉー！！！」」」」」

　小さな呟きは一気に広がり歓喜の声へと変わった。

「見事だった。陛下のお目に留まったのは伊達ではなかったな」

　自分たちが刃を交える事すらできなかった相手を正面から挑んで倒した事実に沸き立つ兵の間を縫って近づいてきたドリス将軍はそう言いながら地面に座り込んだままの俺に手を差し伸べた。

「きつかったですよ。多分ですけどガーシュはエリーテです。本人にその認識は無いと思いますけど。拘束するならそれなりに注意してください」

　差し出された手を取り立ち上がった俺は服の埃を手で払いながら言った。

「エリーテだと？成程、それで殺さぬよう剣で斬り合わなかったのか」

「それも有りますけど元々私は剣術より体術の方が得意なんです」

「あの斬撃を凌いでなお体術の方が得意というのか。ふふ、面白い。ならば我が軍で剣術を仕込んでやろうか？」

「せっかくのお話ですが勉強はマリダの教練で足りてますので遠慮させてもらいます。それより後はお任せしても構いませんか？」

「ああ任せろ。ガーシュがいなくなれば正門が抜ける。制圧までそれほど時間は必要あるまい。宰相殿へは私から報告しておく。お前は下がっていいぞ」

　はい、お仕事終了。何とか熟せて一安心だな。

　搭載艇（ランチ）でシャワーを浴びてコーヒーでも飲みましょか。