第111話 名付け親

「さっきみたいなのは隊員の前では厳禁よ!」


「いや、だから謝るって。そういう意味じゃないんだから勘弁してくれ」


「分かったって言ってるじゃない。でもそんな事は許可できませんから。他の人には絶対にそんな事言わないでちょうだい」


 俺の考えなしの発言の弁明に随分と時間を取られたのだが何とか釈明を受け入れてもらい今は敷地内の練兵場に向かって移動している途中だ。


 俺の不注意が原因なので謝るしかないのだけどいい事もあった。

 オデッサの口調が変わった。

 澄まして冷たい感じだったのが砕けて話しやすくなった。こっちが地だろう。


 責任者の立場で常に気を張っていなければならないからなのか会話をしていても壁の様な物を感じていたけどそれが無くなった。

 見た目の年齢にそぐわない老獪さを醸し出していた雰囲気も消え失せ距離がだいぶ近づいた感じだ。


「まったく失礼しちゃうわ。私が行き遅れだと思って馬鹿にして。そんなことしてる暇も興味もないだけなのに……ブツブツ」


 小声で何か呟きながら歩く姿は年相応の女の子だった。子と呼ぶには年齢が少々あれだけど。


『キッ』

「今また何か失礼な事言わなかった?」


 いきなり振り向いて睨まれました。


 怖っ!

 考えてるの分かっちゃったりするの?

 そういえばこの人、聖素使えるんだから精神感応使えたりする可能性もあったりするのか?

 やばい、ヤバイ。


「い、いや何も。気のせいだろ」


 恐ろしい可能性に冷や汗を流しながら否定しといた。


 一頻りの謝罪と弁明の後で今回の俺たちの行動の話になった。

 当然話せないズルの部分は多々あるのだが辻褄を合わせながら一通りの流れを説明した。

 これは伯爵に説明済みの話だから問題ないはずだ。


 その中でオデッサが一番食い付いたのはリシャールへ戻ろうとする残存兵との話だ。


 ある意味『武』に特化し少数精鋭で大部隊へ対抗する事を求められている選ばれし者エリーテとしてはたった二人(ホントは三人だけど)で百に倍する敵との対決した事が気になるのは当然だろう。


 話としては奇襲宜しく襲い掛かり、異常事態に対応する間を与えず一気に敵司令官を切り伏せて敵を混乱させて部隊を離散に追い込んだだけで殲滅したわけじゃなと説明した。


 サウールの兵たちはその前に無駄な山登りを徹夜でやって疲れ切ってたし、這う這うの体で戻ったサウールは燃えていて碌な補給もできずに弱ってたのも話したから、訝しみながらも簡単ではないにしてもそういう事もあり得るか程度には納得してくれたようだ。


 敵の士気と練度の低さについては自らもリシャールで数で上回る敵軍を壊滅させているオデッサにも感じるところがあったのだろう。奴らもあっという間に崩れて敗走を始めたからね。


 それでもたとえ奇襲で指揮官を討たれたとしても敵がわずか二人であるなら周りを取り囲みこれを倒そうとする兵がいて当然なわけで、そこから逃げ延びる事が至難の業であろう事は容易に想像できる。その場を切り抜けるためには相応の個の武が必要である事も。それも敵が刃を交える事を諦めて逃げ出す程の圧倒的な力をだ。


 そんな流れでその腕前を見たいと練兵場に引っ張り出される事になった訳だ。王都に来てからあまり体を動かしていなかった事もあり気分転換にもなるかと俺もそれを了承した。


 練兵場は建物の裏の林を抜けた先あった。


 元は林の一部であったであろうその場所は三百メートル四方の空間が綺麗に整地されており、その奥には宿舎らしき石造りの建物と倉庫とみられる木造の小屋がいくつか建てられていた。


 建物の作った日陰には何人かの人影が屯しており座り込んで何事か話し込んでいる様子が伺える。


 俺たちは先導のオデッサに続いて練兵場を横切りその人影へと近づいて行くと、こちらに背を向けて座っていたうちの明るい若草色の髪を右側の高めの位置でサイドポニーで纏めた一人が気配に気づいたのか振り返り呟いた。


「あっ、『四百人殺し』。何でここにいんの?」


 その顔はリシャールで見た覚えがあるぞ。

 うん、その変な名前付けたのお前だろ!


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