第107話 お誘い
優男の言った通り一刻もしないうちに俺たちは建物の二階の部屋に引っ張り出された。
「出な。余計な事するんじゃないよ」
開いた扉の前に立つバネラの指示で粗末な木箱に座っていた俺たちは腰を上げる。
さすがにナイフは取り上げられていたが手足を縛られるような事もなく背中を桃色ゴリラに小突かれる程度で自分の足で移動する。
友好度アピールのつもりなんだろうが、脅して連れてきて殴って地下室に閉じ込めてる時点で全く意味が無いけど。
指示された部屋に入ると豪奢な椅子に座り優雅に茶を飲む緑髪のおばちゃんとその警護であろう騎士が椅子の後ろに二人と椅子の横に立つ優男。壁際にはチンピラ女が3人。
「こいつらです」
「噂通り珍しい見て呉れの男だね。ティリンセの小娘はともかく陛下は何が気に入ってるんだか」
俺たちを値踏みするかのように舐めるような視線を這わせてくる。
「まあいい。お前達、傭兵なのでしょう?ティリンセの条件よりいい値段で私が雇ってあげるわ」
「はっ?失礼ですがそもそもどちら様ですか?」
初対面の相手に自己紹介もなくいきなりこんなこと言われれば誰でも驚きの声くらい上げるだろう。
「ふふふ、さすがに田舎者の傭兵ね。王都にいながら私を知らないなんて。いいわ。ピスタリア、教えてあげなさい」
「こちらの方はかのシュットハウゼン侯爵の右腕と名高いロイズファー伯爵様だ。お前達が気軽に言葉を交わせるお方ではないことを知れ、不届き者が」
おぅ、太鼓持ちご苦労さん。
『そんなもん知るか!』という本音を押し殺しこの場は頭を下げる。
「伯爵様でしたか。これは失礼をいたしました。浅学菲才の身故ご容赦ください」
「ふむ、ならこれからは私の下に付く事で問題ないわね。ではまずは先日の陛下と話した内容を全て詳らかにしてもらいましょうか」
「お断りいたします」
気分よく話を進めようとしたところを遮って告げられた言葉の意味が理解できなかったのか固まっている。
「今、なんて?」
「お断りしますと申し上げました」
「説明できないという事かしら?」
「いえ、伯爵様の下に着く事をお断りするという事です」
ようやく言葉の意味を理解できたのか年の割には美しいであろう顔が怒りのせいでみるみる赤く染まる。
「あなたそれがどういう事か分かっているのかしら」
「はい、ある程度は」
多少怒りが収まったのか感情の消えた顔で呟くように告げる。
「助けが来ると思っているならそれは無駄よ。それでも返事は変わらないのかしら」
「ティリンセ伯爵には良くして頂いていますので裏切るような事はできませんから」
「そう。では好きにするといいわ。所詮田舎者の傭兵には理解できない話だったようね。せっかくチャンスをあげたのに残念だわ。ピスタリオ、後は任せます。好きになさい」
「ハッ」
そう告げると忌々しい虫を見るような視線を俺に投げつけながら頭を下げるピスタリオには目もくれず護衛を引き連れてさっさと部屋を出て行った。
「さて、これでお前さん達は晴れて俺様のものになった。男の方はバネラに好きにしていいって言っちまったから。俺様はこっちの女で楽しむかな」
口角を上げ厭らしい笑みを顔に貼り付けたまま優男は言った。
無事に当初の用件は済んだらしい。
「いや、用が済んだのなら帰らせてもらいたいんだがな」
「でめぇ寝ぼけてやがんのか。帰れるわけないだろうが。おいバネラ」
「ほらこっちに、ガッ」
俺の肩に手を掛けようと近づいてきたバネラの顔面に裏拳を一発。
「あんたにはさっき一発貰ったからな。忘れないうちに返しとくよ」
「テメェ。こっちが優しくしてりゃいい気になりやがって。骨の一・二本覚悟できてんだろうな」
「鼻血垂らしながらじゃ様にならないな」
「黙りやがれ!」
怒鳴り声と共に大振りの右拳が顔面目掛けて飛んでくるがそんな物を貰う義理もないのでステップで躱しながら踏み込みボディーに6割の力で一発。
「グエッ」
潰された蛙のような声を上げて前屈みになって下がった顔面を下から膝でカチ上げてから更にがら空きの腹に正面蹴りを入れて壁際まで吹っ飛ばしたら動かなくなった。
「こ、この野郎、お前達何してやがる!」
突然の出来事に固まっていたチンピラ三人が慌てて俺を抑えようと動き出したところを得物を取り出す間も与えずマリダの蹴りが吹き飛ばす。
床の四人が伸びてるのを見回して確認してから、ただ茫然と立ち尽くす優男に視線を戻す。
「帰っていいよな?」
男はブンブンと首を縦に振る事しかできないようだ。
言葉忘れたか?
「あっそうだ。次ちょっかい出して来たら本気で潰すからね。じゃあ、そういう事で」
そう言い残して部屋を出て傍にある階段を降りると酒場の奥に出た。
お貴族様が酒場の中を通る事もないだろうからきっと他にも階段があったんだろう。
酒場の客はそれほど多くは無かった。
その中で一人で飲んでいる一番階段に近いテーブルの女の横を通り過ぎる時に視線を送る事もせずに小声で告げる。
「上で四人のびてる。指示元はロイズファー伯爵。後はよろしく」
女は眉間に皺を寄せ顔を顰めて無言で店を出ていく俺たちを見送っていた。
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