第106話 強制連行
組合で職人たちとの試作部品の検討を終えて伯爵邸に戻る途中の事だった。
「マリダとリュートだな。少し付き合ってもらおうか」
俺たちの前に道を塞いで五人の大女が立ちはだかりいきなりそう告げた。
「何か用かしら?王都に知り合いはいなのだけど」
「つべこべ抜かさず大人しく付いてきた方が身のためだよ。あんた達が選べるのは大人しく付いてくるか痛い思いしてから付いてくるかだけだ」
どうも付いていくのは決定事項の様だ。
マリダが視線で『どうします?』と問いかけてくるので仕方なく俺が答えた。
「わかったよ。大人しく付いていくから痛いのは勘弁してくれ」
「ふん、図体はデカくても所詮は男だな。この程度でビビッてやがるのか。こっちだ、付いてきな」
リーダー格の桃色頭のゴリラが背を向けて歩き出すと残りの女たちが俺たちを囲んで移動を促すように小突いてくる。
大人しく10分ほど歩いて連れてこられたのは歓楽街の薄暗い路地の奥にある酒場だった。
「入れ」
再び小突かれて開けられた扉から建物の中に入る。
中で酒を飲みながら煙草を燻らせているのは意外な事に端正な顔をした青い髪の若い男だった。
「早かったなバネラ。そいつらが例の二人か?」
「ああ、言われた通り確認したからね。そもそもこんな図体の男じゃ間違えようがないだろう」
「ふふ、確かにそうだな。こんな男見た事ないよ。用が済んだらうちで働いてもらうかね。こいつはこの体だけで金になりそうだ」
「その時はアタシも味見させてもらうよ。それくらい役得が無けりゃこんなつまらん仕事やってられやしないからね」
「このガタイならお前に壊されることもないだろうから好きにしろよ」
俺の与り知らぬとこで俺の処遇を勝手に決めるな。
マリダも可哀相な子犬を見るような顔で見ないように。
「それで何の用なんだ。これでも結構忙しい身なんだ。用があるなら先に済ませてもらいたいんだがな」
「おっと、ビビッて口もきけないのかと思ったらそうでもないようだ。中々度胸もありそうだ。僕はピスタリア。この辺を仕切らせてもらってる。つまりお前達二人くらい消すのはあっという間だ。口の利き方のは気を付けた方がいい」
どこかの酒のつまみの豆みたいな名前だった。
「まあ僕は心が広いから今のは見逃してやるが次は無いぞ」
一応凄んでるらしいが俺のやらかしの後にニコニコしてるメリッサの方が怖いぞ。
「さて肝心の要件だったか。さる高貴なお方が非公式にお前達と話がしたいそうだ。僕はその仲介を頼まれた訳だ。当然君たちは了承してくれるよね?」
「話がしたいのなら普通に会いに来ればいいだけだろう。こんな脅しをかけるようなやりかたしなくたって」
『ガシャン!』
並んでいたテーブルと椅子が派手な音を立てて転がる。
優男の目配せを受けた桃色ゴリラが無言で殴りやがった。
顔面目掛けて飛んできた拳をスリッピングアウェーで威力を殺しながら自分から跳んで派手にやられた感を演出してみた。
ゴリラは手応えの軽さに不思議そうに自分の拳を眺めている。
当然、テーブルにぶつけた軽い打撲程度でダメージはない。
ああ、服が汚れた。
床掃除くらいちゃんとしろや。
マリダにはバレバレなので動く気配すらない。
俺って警護対象じゃなかったりする?
「おいおい、気を付けろと忠告しただろ。バネラもお客様に引き渡すまでは顔は避けてくれ。評価が下がる」
ピスタリアは倒れたままの俺の傍に屈むと蔑む目つきで話を続ける。
「高貴な方々には色々と事情があるのさ。お前達は余計な事を考えずに大人しく言う事を聞いていればいいんだよ。何、そんなに時間はかからないさ。知らせはもう出したからね。あと一刻ほど大人しくしてればいいだけだ。おい、お客様がお見えになるまでこいつらは地下に入れとけ」
そして俺たちは扉の覗き穴から漏れ入る廊下の蝋燭の僅かな明かりしかない地下の一室に閉じ込められた。
「どこまで付き合うつもりなんですか?」
有無を言わせず付き合わされているマリダとしては当然の疑問を口にする。
「黒幕が分かるとこまでかな。こっちの厄介事で伯爵に迷惑かけちゃ申し訳ないと思って付いてきたんだけど元々伯爵絡みだよねこれ。高貴な方が依頼人らしいし」
「そうですね。私達を寝返らせて伯爵の弱みを握ろうとでもしてるんでしょうか」
「伯爵と敵対してるなら貴族派って事か。じゃあ多少無茶しても王様も許してくれるかな」
「程度にもよると思いますよ」
「匙加減が難しいのか。でもここの連中は問題ないだろ。一発貰った分は熨斗付けてお返ししないとな。これからも街で絡まれるのは鬱陶しい」
「迷惑な義理堅さですね」
「『目』も付いてきてるだろうから後始末は任せられるかな。まあ最悪転移で逃げ出すからそのつもりでいてくれ」
「はい」
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