第105話 足掻き
王城の一角に設けられた部屋に三人の女が集まっていた。
何れもローザンの状況報告を兼ねた御前会議の場から流れてきた貴族である。
「しかしネヴィアがここまで考えなしだとは思わなかったな」
「まったくだ。同じ貴族派として残った我らには迷惑でしかない」
明るいストレートの茶髪を後ろで纏めた一番若い女が口を開くと、向かいに座る鶯色の髪を短く切り揃えた壮年の女が答える。
「いくら王のやりようが気に入らないとしても帝国に領地を売り渡してしまえば元も子も無いことぐらい分かりそうな物であろうが」
「元々あいつはティリンセの泣きっ面が見たいだけだから後先など考えんだろう。そんな事も分からないから領民が逃げるのさ。所詮、器じゃなかったという事だ」
「しかしティリンセは上手くないね」
上座に座る白髪の老婆が口を開く。
その声は見た目より艶があり若い印象を与える力が籠っていた。
二人の視線を集めたまま老婆は続けて言葉を紡ぐ。
「このままローザン領を実質統治するならその力は辺境伯と同等になるだろうよ。国境警備で軍との繋がりも強くなるだろうから国政への発言力も増す事だろう。今までも十分目障りだったがそろそろ出過ぎた杭を打つ頃合いかね。少し灸を据えてやる必要があるかもしれないね。お前達もそのつもりでな」
「「はっ」」
「どうやら陛下はティリンセ伯が連れてきた二人の傭兵に大層興味があるようだ。田舎者を集めた軍を作って特別扱いするだけでは足りんらしい。国を護る名誉は我ら貴族にこそ相応しい物だとなぜ分からんのか。まずはこの二人を取り込んでみようかね」
「それでは私の方で早速手配をさせて頂きます。最悪、言う事を聞かないようでしたら…」
「傭兵の分際で貴族に従わないようなら潰しておしまい。ティリンセの持ち駒は減らしておく方がいい。たかが傭兵、最悪殺しても何とでもなるだろう」
「畏まりました」
女はニヤリと口角を歪ませ鶯色の頭を下げた。
王都に入って早くも6日が過ぎていた。
俺はほぼ連日といってペースで伯爵が集めてくれた職人たちと
さすが王都というべきか職人たちの知識と技術は卓越したものがあり半ば無理かなと思って提案していた事を着々と実現に近づきつつある。
王都の街中を歩いて驚いたのは男の多さだ。
道行く人波を眺めれば男と女の数に差があるとは思えないほど男を見かける。
体格的にはやはり小柄で俺の様な大男はさすがに見かけないが数で言えばほぼ半々ではないかと思う程度にはいる。
憲兵にすら稀ではあるが比較的大柄な男が混じっている。
絶対数が少ない所にこの一極集中であれば地方に男が少ないのも納得だ。
集めた職人も鉄工と酒造りは女だったが木工と生地屋は男だった。
話を聞くと人材資源の有効活用の観点から男の社会進出を積極的に推し進めるニケ王の方針で、王都では能力があれば男でも分け隔てなく仕事ができる環境が出来つつあるそうだ。
確かに王城でも高級官僚ぽい男の文官を何人も見かけた。
そのおかげで女に頼らず独り立ちを目指す男たちが王都を目指すのが最近の
それにつられて女も集まる。
そして子供も増えて街は更に賑わいを増し活気が生まれる。
種明かしをしてしまえば至極簡単な事なのだが女性上位が格式として強く根付いている貴族には中々にして厚い壁なのだ。
貴族なんてものは伝統と格式が服を着て歩いてるようなものなので、そこに触れるのはある意味自分の存在を否定しかねない
ニケ王は国を強くするために敢えてそこに踏み込んだのだ。
当然のように生まれるそれに反発する貴族たちとの軋轢を知恵と力で乗り越えここまで辿り着き、あと一歩と言う時に今回の帝国の騒ぎが起こった。
しかも貴族派のローザン伯爵が国を裏切り帝国に寝返ったうえ王の政策を理解し支えてきたティリンセ伯爵の領地に進攻しようとしていると聞けば先頭をきって飛び出したのも理解できよう。
その程度の話は街場の耳聡い商人たちの間では常識のようで、俺も集まった職人たちとの雑談で仕入れた知識だ。
商人たちは概ねこの賑わいを歓迎しているから国王支持派が殆どだ。
いい顔をしないのは旧態依然とした殿様商売を続けたい貴族派御用達の高級店くらいだそうだ。
そういう店は数は少なくても歴史があるため多くが組合でもある程度の地位に納まっているから発言力はあるようで新興商会はなかなか苦労しているらしい。
しかし既得権益の上でふんぞり返る老害って文明レベルに関係なくどこにでもいるもんだな。
これは人類の本能なのか?
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