第104話 対策
「どうだメリンダ、面白そうな奴らであろう」
「はい。誠に恐縮ですが陛下から伺った話は誇張されたものと思っておりました。たかが男にそこまでの働きが出来るとは思いませんでしたので。しかし確かにあの男ならあり得るのかと考え直しました」
「そうであろう。あの見た目はもちろんだが私の前でも気後れする気配すらない胆力。アレッシアの前でもあの調子だそうだ。それに間諜ですら手に入れられない情報をいとも簡単に入手する手管とそれを理解する知識、再現して見せる技術。あんな男がいるとは私も驚きしかない」
「懐柔して味方につけるべきでしょうな」
「今はアレッシアと上手くいっているようだがもう少し手を掛けて囲い込むべき人材だろう。リシャールの働きと火薬の情報で実績は十分だ。そのためにも貴族派の連中には接触させたくない。注意しておいてくれ」
「しかしあの火薬なる物は危険です。早急に対策を練らねば軍に多大な被害が出かねません」
「この10年をかけて育てた優秀な兵を策もなく散らす事は避けねばならん。特に
「こうなるとティリンセ伯爵の扱いがまた難しくなってきますな」
「このままとはいかんな。だがそれも考えてはいる。時を見て相談する」
『トントントン』
扉を叩く音が響く。
「ティリンセ伯爵がお見えになりました」
「構わん、入れろ」
衛兵の声掛けにぞんざいに答え二人の会話は終了した。
俺たちはその日の夜遅くに屋敷に戻ってきた伯爵に呼び出された。
部屋に入ると燭台の明かりに照らされた難しい顔をして書類を睨む伯爵の姿がそこにあった。
「今日はありがとうございました。お陰で遺物をゆっくりと見ることが出来ました」
「そうか、ならばよかった。本当にその程度の事で良いのかと陛下は不思議がっていたがな。それよりもこんな時間に来てもらったのは他でもない。火薬の話だ。あれを急ぎ量産する事はできないかと陛下が仰っておられるんだが何とかならないのか」
「難しいですね。昼に話した通り原料の調達ができません。仮に火薬が作れたとしてもそれを利用する為の武器をこれから開発しなくてはなりませんし、武器の製造が間に合ったとしても今度はそれを扱う兵士の訓練が必要です。ですから短期間での実戦導入は無理だと思います」
「やはり無理か。防ぐ手は何かないのか」
「飛んでくる球は丈夫な盾で何とかなりますけど、その分重くなりますから持ち運びの手段を考える必要がありますね。ですが今日のようにある程度の量をまとめて仕掛けられればどうしようもありません」
「確かにあの爆発が更に大きくなったら王城の門ですら耐えられないだろう」
「でも火薬にも弱点はありますよ。一つは水に弱い事。濡れてしまえば火薬は使えません。二つ目は使う側も火の扱いが難しい事。雑な扱いをすれば自陣で爆発する可能性がありますからね。今回の様な兵役で徴兵した農民には使えないでしょうからその辺を帝国がどこまで使いこなしてくるかでしょうね。それと例の黒い水の件はどうでしたか?」
黒い水は王都に向かう旅路の途中で偶然見つけた物だ。
休憩中に独特の匂いが漂っていたため周辺を探索したら林の一角にそれはあった。
直径20メートル程の黒い水溜り。
近くの村で聞いた所「瘴気の沼」と呼ばれている場所らしい。
その匂いもさることながら近づいた鳥や動物が真っ黒になって死んでしまう所からそう呼ばれている様で誰も近づかない場所になっているとのこと。
そりゃ動物も死ぬよ。
あれ自噴した油井から溢れた原油だもん。
「瘴気の沼の件か?陛下に交渉の許可は頂いたから領主のローゼンブルク伯爵との交渉はこれからだ。何か関係があるのか?」
「はい、大いに。上手くいけば対抗策として使えるかもしれません」
原油の成分を確認しなけりゃ何とも言えないけど、揮発性の高い物を分留できれば沸点の低いナフサや灯油くらいは作れるはずだ。
連邦ではほとんど使われる事のない化石燃料だが一部では生き残っている。
遥かな昔には文明を支えた重要な資源だったのだから使い方を知らないこの世界でなら上手く使えば強力な武器になる。
「ならば明日にでも急ぎの使いを出そう。他には何かあるか」
「はい。木工、鉄工、布、それに酒造りに詳しい人と話がしたいんですが集められますか?」
「王都には職人が集まっているから専門家を集める事は出来るだろうが何をするつもりだ?」
「できるかどうかは分からないんですけど作りたいものがあって。まずは話をさせて下さい。進められるようならきちんと説明してからにしますから」
「分かった。それも商工組合に話を通しておこう。それとこれを渡しておく。私の名は自由に使って構わん」
差し出された家紋が刻印された札を受け取る。
これもなくしたらヤバい奴だな。
大切にしまっておこう。
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