第108話 王の手

 俺たちの行動にずっと尾行が付いているのは組合に向かった初日に気付いていた。

 物陰に隠れようが人混みに紛れようが一定の距離を保って移動してればマリダの索敵に引っ掛からない訳はない。

 監視半分、護衛半分といった所と判断して特に手は打っていなかった。


 宰相様はなかなか用心深い性格らしい。

 王様があの感じならさぞ苦労も多い事だろう。


 鬱陶しいのを文句も言わず我慢してたんだから権力闘争の後始末くらい頼んでも罰は当たらないよね。


 すっかり暗くなった街を屋敷迄戻ると珍しく伯爵がもう帰ってきていた。


「遅かったな。組合で何かあったか?」


「まあ、あったといえばあったんですが…」


 さっきまでの出来事を掻い摘んで説明する。


「ふん、ローザンが片付いたと思ったら今度はロイズファー卿か。帝国の動きがある中でつまらん派閥争いをしてる暇などないことが分かっていないようだな。時の趨勢すら読めず流れについてこれぬ者達の命運は長くはない。陛下がこの機を逃すはずもないだろう。さて、シュットハウゼン侯爵はどうするおつもりかな」


「ああ、そんな名前も言ってましたね。侯爵の右腕とかなんとか」


「侯爵は貴族派筆頭といってもいい大御所だ。扱いを間違えれば内戦も起こりかねん。だから陛下も時間をかけてゆっくりと取り巻きの切り崩しを続けてきたのだ。側近のロイズファー伯爵が出てきた所を見るとネヴィアの派手な不始末でさすがに余裕がなくなったのだろう」


「私達の監視に付いていた人に後始末お願いしちゃったんですけど大丈夫ですかね」


「監視?そうかヒューリック侯爵の指金か。付いていたのは衛視部隊の裏辺りだろうから問題はないな。監視が対象に気付かれていたのを除けばだが。さぞかし報告しにくい状況だろうからな」


「担当の彼女に少し悪い事しちゃいましたかね」


「気にするな。『王の手』は諜報の専門だがそれを見破ったならお前達の実力を示すにはいい機会だったろう。宰相の評価がどう変わるかは微妙だがな」


 ”目”じゃなくて”手”だったよ。まあ、どっちでも構わんが。

 これを機会に潮時と監視の目を緩めるか更に強化するか。

 この先の出方によってはこちらも対応を考えなくちゃいけないかな。





「成程。それでお前は対応を確認するべく戻ったと?」


「はい。申し訳ありません。まさかここまで堂々と接触してくるとは思いませんでしたので」


 私はエスト。陛下直属の諜報部隊『王の手』の構成員。

 王の指示でのみ動く完全独立の特殊部隊だ。


 たとえ相手が宰相や将軍であろうとも私達の行動を妨げる事は出来ない。

 私達がかしずくのは当代の王ただ一人である。


 当然、その構成員となるためには子供の時からの厳しい教育を経て、王への絶対的な忠誠心の下に必要な技術や知識を獲得できた者だけが選ばれる。

 そのため殆どは歴史のある家の出身であり、その役目は親から子へと何代にも渡り引き継がれている。


 私もそんな一人である。


 今回、与えられた任務は監視。

 対象の行動を気付かれないように見張り、その中に敵対する要素が無い事を確認する。場合によっては保護するという比較的難易度の低いと思える物だった。


 通常と違う事といえば対象に男が含まれている事くらいだろうか。

 男が重要事項に係わる事が全く無いわけではないが大抵は本筋ではなく枝葉の部分であり最初から対象となるのは珍しい事だろう。


 しかしそんな簡単そうな任務で監視対象に話しかけられるという失態を犯した。

 監視行動が対象にバレていたのだ。


 何故?何時から?疑問は尽きないがそれを検証している時間は無い。その場の対応を店外に待機していた仲間に指示してから報告の為に王城に戻った。


 そして今、忸怩たる思いを噛み殺しながら御前にて跪いて報告を行っている。



「ふふ、気にする事は無い。あの二人なら十分あり得た結果だ。監視に気付くだけでなくそのこと自体を隠そうともしない。ヒューリック宰相殿、この辺で十分ではないのか?」


「御心のままに」


「卿の懸念もよく分かる。だからこそ進言を受け入れ監視を付けたのだ。だがそれが露見したとなれば退き時だろう。このままでは藪を突いて余計な物が飛び出しかねんぞ」


「陛下の仰る通りです。自分で言い出した事ながら私もこれ以上不信感を増す行動は得策ではないと感じます。組合での話の内容が気にはなりますが、ここは一度退いて暫くはティリンセ伯爵に一任でよろしいかと」


「そうか。ならば監視は解こう。してエスト、その酒場はどうなったのだ?」


「はい。後を任せた者の報告では二階の一室で四人の女が気を失い倒れていたそうです。何れも命に別状はないようで拘束済とのことでありますがその中に酒場の主と目される男はいなかったそうです。その場にいなかったのか既に逃げたのか不明のため現在居場所を調査中です」


「男が主人とは珍しいな。大方ナターシャの愛妾あたりであろう。そう目くじら立てる程の事でもあるまい。まずは捕らえた者たちの話をじっくりと聞いてやらねばな。内容が判明するまでロイズファー伯爵の監視を命ずる。動きがあればすぐに報告せよ。侯爵まで辿れれば政もだいぶやり易くなるだろう」


「はっ、畏まりました」


 陛下の指示に従うべく私は部屋を後にした。



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