第18話 お試し

「下が騒がしいと思って覗いてみたらお前達か。何やらかしてるんだ?」


 階段を下りながら聞いてきたのはキアーラだった。


「報奨金の受け取りと、手持ちの現金の預け入れをお願いしただけなんだけど」


 とカウンターの上を指さす。


「はっ?それ白貨か?メリッサだな。ちゃんと説明して渡しやがれ。まあいい。おい、この件は私が預かる。裏にそう言っとけ。お前らはそれ持ってこっち来な。私の部屋で話そう」


 カウンターに残っていた別の受付嬢が再び後ろの扉の奥へと入っていく。俺たちは顔を見合わせて、カウンターの上の白貨を小袋に戻してから、キアーラの後ろに続いて階段を上がった。




 キアーラの部屋は雑多な印象だ。部屋の奥に大きな机。その手前にテーブルとイス。右の壁の棚には積まれた書類と革表紙の本が詰まっており、左の壁には剣や槍、斧といった武具が飾られている。キッチリと整理されている訳ではないが、不思議と纏まっていて、居心地の良さを感じた。


「どれ、さっきの見せてみな」


 キアーラはテーブルに付くと、俺たちに向かいの席を指し示し、着席を促す。俺が白貨を手渡すと、それを見ながら言った。


「ふん、本物だな。メリッサに渡されたんだろ。何も聞いてないのか?」


「ソシエか商工組合ウニオネで預けられるとしか」


「まったく。あいつらには珍しくも無いから言わなかったんだろうが、こいつはこんな処でホイホイ出すもんじゃない。殆どの連中は有るのは知ってるが、一生拝むことのない代物だ。当然、真贋の区別もつけられない。だから騒いだ受付の連中を叱る事はできない。分かってくれるか?」


「ええ、勿論。私も初めてだったから扱いが分からなくて。でも、私たちの行動が拙かったのは分るわ。後で受付の人に謝らなきゃ」


「そうしてくれると助かる。しかし、メリッサも思い切ったな」


「私も貰い過ぎだって断ったんだけど、自分たちの人生の値段としたら安すぎるくらいだって押し切られちゃって」


「確かにな。いくら金を持ってても死んじまったらそれまでだ。仮に生きて戻れても身代金は幾らになるか分らないし、手足の1本、2本失っててもおかしくない。何の損得勘定も無しにメリッサ達を助けたお前達への心からの感謝の印だろう。有効に使ってやってくれ」


「有難く使わせてもらうわ」


 部屋まで持ってきてもらった報奨金受け取りの書類と預け入れの書類にサインをして白貨と一緒に職員に渡すとキアーラが聞いてきた。


「今日はこの後の予定はあるのか?」


「宿を探してから少し街を見て回ろうと思ってるんだけど」


「宿はいくつか紹介できるから、少し時間取れるな。よし、盗賊共を捕まえた格闘術を見せてくれ」




 キアーラさん脳筋でした。


 そして笑顔のキアーラに連れられて建物裏の訓練場に来ています。


 訓練場は100メートル四方くらいの綺麗に均された土の広場で。何人かの訓練中と思しき人の姿もある。


「どっちから行く?」


「私からで」


「道具を使うならそこにあるのから好きに選んでくれ。私は剣が得意だがそれでいいかい?そっちの希望にも合わせられるし、何なら武器無しでも構わないよ」


「いえ、折角ですから得意の得物で構いません。敵の武装は選べませんからね」


「いい覚悟だ。じゃあ私はコレを使わせてもらおう」


「では、私はコレで」


 キアーラは両刃剣を模った木剣、マリダはトンファーのような形の器具を両手に向き合う。防具として革鎧とヘルメットはつけてるけど当たればかなり痛そうだ。


「それ武器じゃなくて、打ち込み訓練で受けに使う道具だけどいいのか?」


「ええ、問題ありません」


 把手の握り心地を確認しながらマリダが答える。


「なら始めようか。行くぞ」


 声と共に剣を振り上げながらキアーラが間合いに踏み込む。鋭い踏み込みから袈裟懸けに振り下ろされた一撃を左前腕で受けながら、体を捻り右腕を裏拳のように左腕の下から振り抜く。緩めた把手が手の中で回転し長手部分がキアーラの脇腹めがけて延びる。キアーラは咄嗟のバックステップでそれを躱す。


「なんだそれ。そんな使い方見たことないぞ。でも面白い」


 今度はフリの小さい連撃で襲い掛かる。マリダは左右の道具で確実に受け流しながら軽くジャンプして頭上からトンファーを振り下ろす。それを剣で受け止め一瞬止まったキアーラの動きを見逃さず着地と同時にボディーに蹴りを放つ。


 蹴り飛ばされたように見えたが、自分で後ろに跳んだようだ。ダメージは感じられない。


「ふん、盗賊如きじゃ敵わない訳だ。でもこれならどうかな」


 突きの連撃が来た。マリダは退がりながら持ち手を把手から長手に変えると、引手に合わせ踏み込み、剣の上から叩きつける様に把手を引っ掛け捻る。絡めとられた剣は中空に舞い上がる。


「まだまだ!」


 叫びながら掴みかかろうとするキアーラの手首を掴み、体の内側に捻りながら体を入れ替え、軸足の膝の裏を蹴りつける。崩れた体幹を前方に押し倒し、腕を後方に捩じ上げながら背中を膝で押さえつけて制圧完了です。


「参った」


 キアーラは自由な左手をヒラヒラさせ降参の意思表示をした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る