第19話 お試し つづき

「負けて偉そうに言うのもなんだが、いい腕だ。盗賊の話も半分冗談かとも思ったが、軍を逃げ出して盗賊に成り下がるような奴らが敵う相手じゃない。レベルが違うよ」


 解放されて立ち上がり、鎧の埃を払いながらキアーラが言った。そして、横に落ちているマリダが使ったトンファー擬きを見ながら続ける。


「しかし、あれは面白いな。十分武器になる。剣より安くできるから金のない駆け出し連中にはいいかもしれない。一度詳しく教えてくれ」


「ええ、いつでも。役に立つなら協力するわ」


「頼む。さて、次はリュートだな。いけるか?」


「俺はいいけどキアーラさんは休まなくて大丈夫かい」


「現役は退いてるが、この程度の組手でバテるほど衰えちゃいないよ。問題ない」


「じゃあ、俺はこの短剣でいこうかな。いつでもいいですよ」


 飛ばされた木剣を拾い、5メートルほど離れた場所で俺と向き合い剣を構える。


「よし、行くぞ」


 掛け声と共に俺に向かって動こうとしたキアーラの懐に、俺が目にも留まらぬスピードで一直線に飛び込み短剣を叩きつける。意表を突かれながらも辛うじてその一撃を剣で受け、たじろぐキアーラの目の前で背中を見せる様に左に回転しながら短剣を逆手に持ち替え脇腹を狙う。キアーラは体を捻り剣をよけながら飛びのき距離をとる。


「速すぎだろう。早い男は嫌われるぞ」


 そんな言葉を呟きながらも動きは止めず振り下ろされるキアーラの剣の柄を、握る手ごと蹴りつける。蹴られた勢いで半歩下がるが、今度は両手で剣を支え再び振り下ろす。俺が体を斜にして避けると剣は地面を叩いた。その瞬間に剣を左足で踏みつけ、下がった頭に右足のハイキックを放ったが左腕のガードに阻まれた。


 キアーラは頭への直撃は避けたものの勢いまでは殺せず、剣を手放し横に転がったがすぐに立ち上がり構えをとる。


 お互いに何発かのパンチやキックの応酬を経て、俺はキアーラの体重の乗った右パンチを搔い潜り体を反転させながら懐に入り込む。そこで延びた右手を俺の右肩越しに下に引きながら腰を密着させて膝の力で跳ね上げると、キアーラの体は綺麗に宙を舞った。

 そして背中から地面に落とされ、無防備に晒された顔面には俺の拳が突き付けられていた。


「こんな所でどうですか?」


「お見事、大したものだ。男に負けたのは初めてだ」


 俺の手を掴み、体を起こしながらキアーラは言った。


「しかし、お前の動きは何だ?特に最初のヤツはいきなり目の前に迫られて驚いた」


 実はこれには少々カラクリがある。


 最初の潜入の時に全然疲れないし、妙に体のキレがいいように感じた。船に戻ってから確認するとその理由は重力だった。


 船内の居住スペースの基本重力は母星と同じ1Gに設定されている。当然、星によって重力に違いがあるがそれは目的地を設定する事により航行中に順応プログラムがゆっくりと重力を調整して体を慣らしていくのだが、情報のないこの星ではそれができていなかった。そして、この惑星の重力は0.87Gだった。そりゃ体も軽く感じるよ。


 それが判明してから俺は今回の本格的な上陸に備えて、重力設定を1.2Gに、空気密度を85%へと徐々に変更して2か月以上を過ごしてた。負荷の大きな環境で自由に動ける筋力の獲得と、激しい運動中の低酸素状態を克服する事を目指して。最初の一週間は苦しくて何度も吐いたけど、その後は慣れた。


 その効果は推して知るべし。盗賊相手でも感じたけど瞬発力が明らかに向上している。森の中を歩いても殆ど疲れを感じないから持久力も問題なさそう。


 そうして俺は警護部門責任者パディマスターすら驚く機動力を手に入れたんだ。


「キアーラさんが男相手で油断してくれたからそう感じただけですよ。特別に凄い事をやった訳じゃないですから」


「うむ、確かに油断はあったかもしれないが、それでもあれは・・」


「そんなことより、ちゃんと付き合ったんですから宿の紹介お願いします」


「ああ、そうだったな。紹介状書いてやるから話は中でしよう」


 話題を変え、ツッコミを誤魔化しながら俺たちは建物へ向かった。



 キアーラから宿の話を聞いて、紹介状を貰ってからソシエを出た。宿は、多少高くても寝心地のいいベッドのあるとこでお願いした。

 あ、受付嬢にもキチンと詫び入れときましたよ。巻き込んでスマン。


 紹介されたのはソシエから五分程、検問所側に戻ったとこにある ”湖上を渡る風”。ソシエでもお客さんが来ると、よく使う宿だそうだ。一泊一万六千セルもするから普通のアジェントなんかは使わないし使えないとも。


 朝夕の食事や部屋の明かりの油代、部屋で使う水やお湯の代金も込みの値段らしいが ”海の調べ亭” の十倍以上だ。同じレベルの宿でも二千セル以上はするそうだから、やっぱり都会は物価が高いのだろう。


 見事な装飾の玄関を入ると正面の受付らしきカウンターで紹介状を見せながら声をかける。部屋は空いており泊れるようだ。期間は五泊以上だと割引で一泊一万五千セルになるそうなので五泊で頼んで、二人分の料金十五万セルを支払った。


 案内された部屋はさすがにメリッサ邸と同じとはいかないまでも、清潔感もあり十分な広さで、希望通りの寝心地が期待できそうな立派なベッドがあった。何よりこの部屋は三階で、窓からは湖に向かって低くなっている地形に沿って広がる街並みが見て取れ、それはまるで一枚の絵画のようだった。






 

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