果ての空はどんな色

銀ビー

第1話 何事?

『エマージェンシーコール、エマージェンシーコール』


 船内の照明が切り替わり警報が響き渡った。


 俺は取り出しかけていたミールセットを放り出し、ブリッジへ向けて走り出しながら完全自立型制御AIに向けて確認する。


「ドル、現況報告を」


『第二・第三量子ジェネレーターの出力が急激に低下しています。このままでは亜空間耐圧シールードを維持できません。


 シールドが失われた場合、本艦は亜空間トンネル内で圧壊する可能性が98.2%、次元漂流の可能性が1.7%です。


 指定座標以外での緊急離脱プログラムによるジャンプアウトを推奨します』


「シールドはあと何分もつ?離脱プログラムの実行に必要な時間は?」


『ジェネレーター出力が下限となる8分21秒以内に緊急用原子力バッテリーに切り替えを行えば切替後45分間は展開可能です。


 離脱プログラムはシークエンス開始より終了まで20分を要します』


 つまり猶予は30分てとこか。ウヒャー、キツイ。



・・・・・・・


 俺はリュート・モガミ。27歳の男でチョイ訳アリで今はこの船、R35002型外宇宙航宙用一般貨物輸送船、通称『ロシナンテ』の運行担当者だ。まあ長距離トラックの運ちゃんの認識が一番近いかな。


 今は連邦歴759年。大小のいざこざを経て23の星系国家が加盟する星間連邦として纏まってからは比較的平和な時代が続いている。


 そんな世界で俺はありふれた労働者階級の家庭に生を受けたが、12歳の時に事故で両親と死別。その後は叔父に引き取られ、負担をかけるのが忍びなく、奨学金目当てで治安維持隊士官学校に入学した。でも何の因果か今はしがない輸送船の運行担当者だ。


 どうしてか?


 学校卒業後に務めたのは当然治安維持隊。治安維持隊なんて名称だが、要するに軍隊だ。連邦内での軍事行動は連邦統合軍以外は厳しく制限されてるから軍を名乗れないだけ。まあ、地方領主の私設軍みたいなもんだ。


 仕事は管理星域内の犯罪行為の取り締まりや災害発生時の救援作業と言ったところかな。管理星系を跨ぐ大規模な海賊団の討伐や密輸などの取り締まり、惑星規模の反乱の鎮圧なんかは連邦統合軍にお任せです。


 軍隊の体質は規模の大小を問わず昔から何も変わらない。理不尽に制服を着せてるようなもんだ。時には「死んで来い」なんて事も言わなきゃならないんだから、上官の命令は絶対の権威を持つようにできている。


 だからこそ上に行くほど高い自制心を求められるが、どこをどう間違ったのか力に溺れ、弄ぶ勘違いヤロウも一定数存在する。


 残念なことに俺の上官がそうだった。


 士官学校を卒業した俺はともかく兵卒に対しては虫ケラ扱い。配属当初は軍とはそういうものかとも思ったが月日が流れ、上官の異常さが目に余るようになりついにキレてしまいましたよ。


 何の落ち度もない俺の小隊の女性曹長に対して自分の権威をひけらかすためだけに性差別的ないちゃもんをつけ怒鳴り散らし靴を舐めろと強要しやがった。


 拳を握りしめ唇をかみしめながら謂れのない屈辱をじっと耐える私の部下を見て、にやけるように持ち上がった上官の口の端を目にしたとき、我慢できずに殴りました。ええ、殴りましたとも。ボコボコに。周りの取り巻きが止めに入っても腰巾着ごと殴りました。


 学生時代の格闘術の評価はSだったし、入隊してからの特殊部隊研修も無事終了してますから。憲兵に取り囲まれれて武器を向けられ制止されるまで殴ったら除隊処分になりました。


 まあ、あたりまえか。ちなみに上官はその態度が以前から多少問題視されていたこともあり降格処分の後に依願除隊したそうですよ。


 うん、満足。


 傷害事件扱いにならなかったのは軍の隠蔽体質のおかげだね。上層部としては問題行動のある人間を野放しにしていた管理責任を外部から問われるのを嫌ったみたいです。書類上は依願退職扱いだけど実質的にはクビなんだろう。まあ良くあるトカゲの尻尾切りだね。


 その結果が今の運転手稼業です。宙航資格は一通り取得済だったので手を出しやすかった。除隊の経緯は多少アレだけど、この業界は常に人手不足だから資格持ちは歓迎された。何度かの運行補助業務を経てこの船を任され今に至るってとこです。


 で、今。


 シリカ星系第二惑星で食品やら工業製品やら鉱物やらの雑多な荷物を積み込みオリート星系第五惑星に向けてゲートに侵入してから31時間を経過し、目標のゲートまではあと14時間というとこでアラートが響き渡ったのだ。



・・・・・・・



 ブリッジに到着するとコントロールシートに飛び込む。


「ドル、出力低下の原因は判明したか?出力ゲージをメインモニターへ。シールド展開可能時間のカウントダウンを」


『原因は調査中です。出力下限まで428秒』


 モニターに表示された量子ジェネレーターの出力は第二と第三が既に40%を割っていることが示されており、更に減っていく。それを補うために第一がオーバードライブ状態へ近づいていく。


 うん、こりゃダメだな。原因が判明してもリペアの時間がない。選択の余地無しか。


「原子力バッテリー起動。カウントダウンをバッテリー稼働限界に切り替え原因調査を続けろ」


『了解しました』


 ドルの返事と共にバッテリーが起動しモニター表示が「2700」に切り替わる。非常出力のため照明は緊急時のままだ。


 さて、どうする。指定座標以外のジャンプアウトなんてやったことないぞ。でもこのままじゃ潰れるだけか。


「ドル、緊急離脱プログラム実施時の問題点は?」


『実施事例が無いため不明です。理論上は亜空間トンネルの途中で通常空間へ飛び出すだけですが、それがどの場所になるかは予測演算プログラムでも予測できていません。また、強制転移時に船体が多少のダメージを受ける可能性があります』


 要するに通常空間には戻れるけどその後はやってみなけりゃ判らんと言う事らしい。


「緊急離脱を行った場合と行わなかった場合の生存確率が高いのはどっちだ?」


『不確定部分もありますが、理論上通常空間へ帰還が可能な緊急離脱プログラム実施を推奨します。通常空間であれば対応の選択肢が大幅に増え生存確率が高まります』


 まあ、どの道このままなら30分後にはシールドが切れて押しつぶされるだけならやってみる価値は十分にあるかな。生き残った先の事は生き残ってから考えればいいか。


「・・・・・よし、緊急離脱プログラム実施シークエンスを開始しろ。ジャンプアウト前の最終確認を俺の手元に」


『了解しました。緊急離脱プログラム実施シークエンスを開始します。シークエンス完了後に最終確認画面を手元モニターに表示します』



 周りのモニターが目まぐるしく切り替わり作業の開始を告げる中、バッテリー稼働限界までのカウントダウンは「1678」だった











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