第175話 見直し
昨日に引き続き今日も朝から体を動かしている。
昨日は身体の節々を動かし、曲げて伸ばして違和感がないかをじっくりと静かな動きで検証させられたの対して今日は朝食後からかなりしっかりと負荷をかけて運動させられている。
迎えが来るまでゆっくりと休むつもりだったのだがそう上手くはいかないようだ。
しかし昨夜の寝台の寝心地は素晴らしかった。
ぐっすりと眠れたお陰か今朝は自分でも驚くほどスッキリとした目覚めだった。
もういつからか分からない程に長い間続いていたためそれが通常だと思っていた体の状態が嘘のようにように軽く感じる。
これが毒を盛られた後の人間だなどと自分の事ながら信じられないくらい軽快だ。
今朝の食事も素晴らしかった。
麦の香りも香ばしく焼き上げられた柔らかいパンとトロトロに調理された卵、そして焼いた薄切りの燻製肉。煌くような薄い琥珀色の温かいスープからは芳醇な香りが立ち昇り食欲をそそる。その横には瑞々しい野菜と見た事のない鮮やかな色の果物と見られる物まで添えてある。
そしてそれらは見た目の期待を裏切る事無く全て美味だった。
昨日は味は悪くないのだがウニュウニュした不思議な食感の物しか口にしていなかったからその差の大きさも影響していると思うが本当に素晴らしい食事だった。王宮の食事に採用したいぐらいだ。
指示に従い着ていたローブとは意匠の違う服に着替えたのだがこれも優れた物だった。ローブとは違い全体が締まっていて動いても布がバタつく事がない。生地が伸縮するのかどんな動きをしてもそれを阻害する事がない。これもまた恐ろしく軽いので着ている事を忘れてしまうような着心地だ。
移動した部屋には使い方の分からない器具が幾つか設置されており、天の声の指示に従いそれを使うことで体の状態か確認できるようだ。
その中でも動く床の上を延々と走らされれるのには辟易とした。走っているのにどこにも移動していないのだから一体何のためなのか全く理解できない。
『訓練は以上で終了です。この後は迎えの時まで部屋でお寛ぎください』
天の声が終わりを告げる頃には汗が滴るほどであった。
部屋に戻ってから浴室なのであろう温水が噴き出す箱に入る。これとトイレの使い方は昨日習った。噴き出す温水に身を委ね乍ら全身の汗を洗い流し改めて体の節々を検分する。
すると昨日は気付かなかったが体のあちこちにあった小さな斬り疵や矢疵が消えている。流石に右肩の火矢による大きな疵は在るが以前とは違いかなり自由に動かすことができる。
大戦の最中に受けた火矢の油が鎧下に染み込み燃え広がった時の傷だ。すぐに治療する事も叶わなかったために治った時には皮が引き攣り以前のように自由には動かせなくなっていた。宮廷医師の見立てでもこれ以上の回復は難しいと言われていた傷なのだがその腕が自由に動く。肩を回しながらこんなものまで治るのかと驚くしかない。
温水を止めると温かな風が全身を包みこみ体に残った水気を優しく拭い去っていき、箱から出る時には体はすっかり乾いている。侍女の介助もなく入浴することに多少の不安はあったのだが介助の必要がないから侍女もいないのだなと納得する。
城では衣類の着脱も侍女任せなのだがさすがにこれは自分でやるしかない。と言っても驚くほど小さな下着を着け、あの肌触りの良い軽いローブの様な服を纏うだけだが。股がどうにもスースーする。
「ふぅ」
座り心地の良い椅子にその身を預けると思わず嘆息してしまう。
こんな世界があるのだな。全ての民がこんな暮らしを享受できるならどれだけ素晴らしい事だろう。白く光る天井を見ながらそんな益体も無い考えがつい頭を過る。これを作ったであろう古代人はもういないのだ。そしてこれを今の自分たちが再現する事は叶わないであろうことも分かっているのだが。
僅かな可能性があるとすればあの傭兵が齎した魔法技術だろう。現に私はそのお陰でまだ生きてここに居るのだ。
全ての鍵はリュートが握っている。
事ここに至れば周りの意見を伺っている場合ではないだろう。
王族の血統のどこかにその血を取り込めればいい程度の軽い考えを見直さねばならない。
将来的にリュートの血筋が貴重になる事は間違いのない事なのだろうが、今現在この古代人が残した遺跡の力を自由に操れるリュート本人こそが重要なのだ。
自ら体験したからこそこの状態の異常さ、異質さを痛感する。この力を手にした国が世界を制する事になるだろうと容易に想像できるのだ。
まずはリュートと敵対することなく確実に取り込むことが最優先だ。
もちろん遺跡の仕組みが不明なのだからその能力が子供に引き継がれるかは不明だが確実に血を残す事も怠ってはいけない。これも継続案件だ。
リュートが選ばれた経緯も理由も不明ではあるが少しでも可能性があるのならその血に賭けてみる事は無駄にはならないはずだ。
他の男と同じならば年齢的にリュートは正に今が盛りだろう。男の伽の可能時期が女より長いとは分かっているがやはり年を取るごとに難しくなっていく事に変りはない。何事も適正な時期というのはあるのだ。薬は使いたくない。私も上手くいけばギリギリ間に合う。それを想えば今を逃すのは望ましくない。なんとしても子を成さねばならん。これは既に国の命運をかけたに等しい伽になる。どんなに困難な条件が提示されようとも達成しなければならん。
それが叶い、私が使い方を間違えなければ王国の未来は明るい。その先には大いなる繁栄が待っているはずだ。だからこそ今、この国の王たる私自身が決断し動かねばならない。
『お待たせしました。迎えが到着しました』
決意を固めたところで見計らったかのようなタイミングで待ち人の来訪が天の声により告げられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます