第176話 分析結果

 ロシナンテの生活区域の一画の床が前触れもなく光りを放つと次の瞬間にはそこに音もなく二つの人影が現れた。


 手荷物を提げた俺と王様の外見をしたミアだ。


「遅くなった。様子はどんな感じ」


『問題ありません。現在は機能回復訓練を完了して回復室にて待機中です。いつでも退院できます。標準的な老廃物排除デトックス処理も治療と並行して施術しましたので身体の状態は治療前より多少若返ったと感じる程度には良好と思われます』


 影武者としての出番を終えてから宰相と公爵に状況を説明してから船に転移できたのは地上では既に陽も沈みとっぷりと夜の帳が降りてからだった。


「そう、なら良かった。マリダは?」


『メインコントロールルームからそちらへ向かい移動中です。マスターはだいぶお楽しみの様でしたね』


「いや全然楽しくないって。俺は疲れたよまったく。て、あれ見てたの?」


『はい。ニケ王から王城の状態を確認したいとの要望がありましたので』


「そうか、それであのタイミングで連絡寄越したのか」


『はい。それで返事がないので反応のある場所の状況を確認しました。ですのでこの情報はニケ王にも提供されています』


「それくらいはかまわないけどこの場所が衛星軌道だってのはバレてないよね」


『上空映像には驚いていたようですが遺跡の特殊技術で納得しているようです』


「で、もう一つの方は順調なの?」


『はい。今回得られた生体サンプルのゲノム分析の進捗状況はは99.72%完了しています。今のところ連邦人類との差異は殆ど見当たりませんが言語遺伝子であるFOXP2の一部に塩基の置換が確認されています。これは脳の言語野への影響が認められていますので現時点では恐らくこの置換が精神感応能力に関連する可能性が高いと推測されます』


 もう一つの案件とは今回偶々予定外の治療を行う事になったのだがこの機会に患者から生体サンプルを採取して生物学的な分析を実施してはどうかというドルに提案されたものだ。


 本人の了承も無く実施する事には多少の抵抗もあったのだが、これから行おうとしている治療は連邦人類に有効な治療であってこの星の人類にも同じ効果が見込めるかは分からないのだ。


 小さな違いが大きな事故に繋がる可能性は結構高い。外見が似たような生き物でも薬が毒になる可能性は排除できない。


 万が一の可能性に備えるならば被検体の正確な情報は不可欠だ。ならばそのための分析は必要だろうと俺が許可した。


 その結果が――


「つまり連邦人類と変わらないと言う事か」


 今迄その生態の類似性から推測されていた事ではあるがそれがこれで確定された。


 連邦人類とこの星の人類の祖は同じ。


 この星の人類がミラクの民の遺伝子研究の結果だとするなら連邦人類も同じという事だ。その存在の痕跡が残っていなくともどこかでミラクの民の手が入っている。


 偶々遺伝子構造が同じとなる可能性はゼロでは無いだろうが限りなくゼロに近いだろう。


 俺がミラクの血を継ぐ者として認められた時点でほぼ決定していた結果ではあるけれど、これで改めてデータとして裏付けられた訳だ。



 まあ、だから何だという話なんだけどね。


 宇宙を当ても無く独りで彷徨うかこの星で生きるかしか選択肢がない俺としては何も変わる事はない。


 この星で自分が望む住みやすいと思える環境を作るだけだ。


 その為に必要なら顔も知らないミラクの連中のことなど気にする事も無く、奴らが残したよく分からん技術も有難く使わせてもらいます。もう魔法の一部も解禁しちゃってるんだから今更だな。


 それに同じ人類という事は連邦で暮らしていた時と同じ接し方でいいという事。今迄ちょっと警戒する部分もあったりしたけどそれも必要ないですよとお墨付きをもらったような物だ。後は生活習慣に馴染んでしまえばやっていけそうだ。


『認識を人間に変更しますか?』


「…いや、それは今まで通り原住生物のままで行こう。その方がマリダが自由に動けそうだから。人間と認識する事で変な制限が発動して万が一があったら取り返しがつかないからね」


 そんな話をしているところにマリダが扉から入って来た。変わらぬ美しさについ見とれてしまう。


「お待たせしてしまいましたか?」


「ドルから報告を聞いていたから問題ないよ。ちょうど終わったとこだ。整備は問題なかった?」


「はい、損傷部位の回復も完了しています」


 そう言って袖をたくし上げて見せてくれた表皮の一部を削り取ったはずの腕には傷一つ見当たらない。


「よし、じゃあ王様迎えに行こうか。たぶん公爵達は寝ないで待ってるだろうから早く安心させてやろう。これで俺も次の行動に移れるし」


「次の行動とは?」


「ユーグラシアに行ってみようと思う。かなりヤバそうな連中だから帝国が来てからチョロチョロされると厄介そうだ。来る前に目途を付けておきたい。ミラクの技術が残ってそうだからそれも気になるし」


 本当はとっととティリンセに戻って湖面を眺めながらのんびりと料理でもして過ごしたいのだがそれはまだ先になりそうだ。


「場所は分ったのですか?」


 それが最初の壁だ。ラライアですら正確な位置情報は把握していない。


「上空観察で確認できないんだからパラズと同じような隠蔽機能があるんだろう。取り敢えず国に出入りできる設備があるらしいからまずはそこからだね。サジかラーミアにでも解析を頼めば転移先の座標の情報が得られるかもしれない。まあ何とかなるだろ」


 人はそれを行き当たりばったりと呼ぶ。

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