第101話 火の薬

「さて、ローザンの話をゆっくりと聞きたいところだがまずは帝国の話か。武器について何か話があると聞いたが」


 テーブルに供されたお茶を口にしながらニケ王が切り出した。


「はい。ではまずはこちらを」


 マリダが腰の革袋から取り出した物をテーブルの上の皿に広げた。


 ティリンセでの三週間を無為に過ごしていた訳じゃないんだよ。

 ノアからの報告を確認しながらコツコツと火薬の試作に取り組んでいたんだ。

 かなりマイペースだったけど。


 ドルに頼めば直ぐに作れるけど、それじゃあ意味が無い。

 帝国が作れるならこの星の材料で作れるだろうと試行錯誤してたんだ。


 やっぱりネックは硝石だけど洞窟の土を集めたりして古土法擬きで僅かではあるけど塩硝を確保する事ができた。


 その努力の結晶がテーブルの上に乗っている。


「ん?この黒い砂は何だ?」


「何種類かの成分の粉末を一定の割合で混ぜた物で火の薬、火薬と呼ばれるものです」


「火の薬。この砂が燃えるのか?」


「燃えるよりも激しく爆発します。その爆発する力を使って鉄の球を目にも留まらぬ速さで打ち出す武器、火筒と呼ばれる物が帝国が準備を急ぐ新兵器です」


 王と宰相が共に眉間に皺を寄せて目線を交わす。


「威力の想像が出来ませんね。盾や鎧では防げない程強力な物なのか?」


「火薬の量や球の大きさにもよりますが難しいと思います。爆発の威力については後程外でお見せできます」


「仮に本当だとしてこの火薬とやらはどうやって手に入れた?」


「帝都からの情報を元に材料を入手して調合しました。ですので帝国の物と全く同じと言う訳ではありませんがほぼ同じ物です」


「王国でも作れるものなのか」


「十分な量を求めれば難しい事ですが少量であれば可能です。量を求めるならば鉱脈を探すところからになりますから時間がかかります」


「では次の帝国の侵攻には間に合わぬか。攻撃を防ぐ手はあるのか」


「丈夫な盾の後ろに隠れるくらいですね。それについても提案があるので後で説明します」


「そうか。とりあえずはこの火薬の威力を見せてもらおうか」


 そう言って席を立ったニケ王に続いて俺たちは王城の中庭に移動した。




「ここなら大丈夫だろう。人も来ないからな」


 中庭は美しい花と緑に囲まれていて奥には鍛錬に使うのか整地されてはいるが土が剥き出しの一角があった。


「では、あの奥に設置します」


 手前から奥に向かって火薬で細い線を引いてから一番奥に残りの火薬を纏めて置き、それを覆い隠すように冑を置いた。


「大きな音がしますから驚かないで下さい」


 マリダが手前の火薬に火打ち金で火花を飛ばして火薬に火が付いたのを確認してからこちらに急いで避難してくる。


 線状の火薬はチリチリと音を立てながら冑に近づき火花が中に潜り込んだ途端


『ボンッ!…ガシャン』


 低い音と共に冑が宙に舞い上がり煙の尾を曳いて離れた花壇の中に落下した。

 突然の大きな音に周辺の衛兵が顔を出すが王の姿を確認してすぐに引っ込んだ。


「これは…」


 冑のあった地面はすり鉢状に抉れている。

 爆発の威力でひしゃげた冑を手に取りながら王は顔を曇らせた。


「御覧の通り剣では防げませんし鎧でも耐えるのは難しいでしょう。冑を飛ばした力を使ってもっと小さく軽い鉄の球を目にも留まらぬ速さで打ち出してくるのです。対応するためには知識と訓練が必要です。ぜひご一考下さい」


 俺とマリダは跪いて頭を下げた。


「マリダよ。リシャールに向かう街道にあった大きな穴を見たか?」


「はい」


「あれはお前達がやった事か?」


「いえ。私達が通った時には既にあの状態でしたので」


「ならばどうやったと思う?」


「今とは比べ物にならない量の火薬を使えばあるいは可能かもしれません。しかし火薬を使うと独特の匂いが残ります。あそこにはその匂いがありませんでした。私は天より時折石が降る事があると聞いたことがありますのでそれではないかと考えました」 


 予め打ち合わせで決めていた言い訳だ。

 この世界で真贋を確かめる術はないだろう。


「天から降る石か…分かった。だとすれば随分と都合よく落ちてくれたものだ。分かった、この件はすぐに検討しよう。貴重な情報提供に感謝する。しかしどうやって調べたのだ。こんな報告は間諜からも上がってきていないはずだが」


 王は視線を宰相に向けると、宰相は首を横に振った。

 全く聞いていませんという感じだ。


「帝都の伝手からとしか申し上げられません。その点はどうかご容赦下さい。しかし王国に仇なす事が無い事だけは誓わせて頂きます」


「そうか。ならば強くは聞くまい。しかし今回の事とローザンでの働きも含めこのままという訳にもいくまい。何か褒賞で希望はあるか」


 マリダが俺に確認の視線を投げるので一歩前に出て答える。


「それでは真に僭越なお願いではありますが、この王城に保管されている遺跡から発掘されたという遺物を拝見させて頂きたいのですが宜しいでしょうか」


「ほう、そんな事で良いのか。あれは見つかった珍しい物は王城前広場で一般公開していたような物だぞ。そのまま広場に置くわけにもいかぬから今は城の保管庫に入れているはずだ。作り方も使い方も分からぬ物もあるがそんな物が褒美になるのか?」


「はい。この世界でより多くの物を見聞きする事こそが私達の望みです。未知の物に触れる機会こそ最上の喜びです」


「そうか、ならばよかろう。メリンダ、爺に伝えておけ。話が合いそうな者が遺物を見に行くとな。見るのは何時でも構わんぞ。場所はティリンセ卿にでも聞いておけ」


「はい。ご配慮痛み入ります」


「また新しい情報が入ったらすぐに知らせてくれ。メリンダ、あれはあるか」


「はい、こちらに」


 差し出されたのは王家の紋章を刻んだ直径五センチ程の金のメダルだった。


「これを見せれば城に入れる。伯爵かメリンダを呼ぶがいい。倉庫に行くなら爺だな。ヨーゼフ・アインバッハを呼んでくれ」


 そう言い残してヒューリック侯爵を従えて城に入っていった。


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