第102話 遺物

 王宮の中を伯爵の後ろについて進む。

 保管庫に案内してもらうためだ。


 王城は広いので自信を持って断言できる。


「絶対、迷子になる!」


 出口へ行けと言われても既に道順が分からない。

 まぁマッピングしてるマリダに聞けば分かるんだけど。


「ここだ。アインバッハ子爵はおいでか」


 伯爵が扉の前の小部屋を覗き込んで中に声をかける。


「おお、これは珍しいティリンセ伯爵ですかな。今般は大変だったようで。はて、今日の用向きは何でしょうかな」


 部屋から現れたのは如何にも学者然とした佇まいの禿頭の小さな爺さんだった。


「遺物を見たいという者がいてな。連れてきた。この二人だ。陛下の許可は貰っているのだが」


「ああ、さっきヒューリック侯爵の使いが来ていましたな。聞いておりますとも。保管庫の管理をしているヨーゼフ・アインバッハじゃ。子爵の爵位は陛下から賜っておるが変わり者の爺とおもってくれればいい。城ではそれで通っておるからのぅ」


 見た目は違うけどロブ爺さんと雰囲気が似てる。

 この世界の男は年をとるとみんなこんな感じになるのだろうか。


「私はマリダです。彼はリュート。よろしくお願いします」


「おお、デカイ男じゃの。こんな所に来るだけあって見た目も変わっておるな」


「では後は頼んでよろしいか?私は宰相に呼ばれているので戻らせてもらう。リュートとマリダも用が済んだら私を待つことなく屋敷に戻ってかまわんからな」


「はい、貴重なお時間ありがとうございました」


 伯爵に礼を伝えると軽く左手を振り乍ら今来た廊下を戻っていった。




「どれ、それじゃあ中を案内しようか。何か見たいものがあるのか?」


「いえ、遺物なら何でも。どんなものがあるのか全く知りませんから」


「ふん、それで遺物が見たいとは変わった奴じゃのう。まあワシも人の事は言えんがな」


『ガチャリ』


 重い音を響かせて扉が開けられると中は明り取りの小窓から差し込む日差しで予想より明るかった。


 ヨーゼフは迷うことなく広い保管庫を奥へと進んで行く。


「遺物はこの辺りだな。結構な数があるからゆっくりと見るがいい。勝手に触るのは禁止じゃ。万が一壊れたら困る。なにしろここにある物は二度と手に入れることが出来ない一品物ばかりじゃ。どうしてもという時は相談してくれ。ワシはそこでちょっと記録の整理でもしているからな」


 ヨーゼフはそう言うとさっさと傍の机に行き書架から取り出した書類をガサゴソと整理し始めた。


 自由に見て回っていいという事なのだろう。

 俺たちは視線を交わして頷き合い棚に置かれている遺物を順番に眺め始めた。


 そこにあったのは普通の博物館にあるような崩れかけた土器であったり朽ちかけた木簡であったり錆び切った剣であったり歪んだコインであったりと目ぼしい物は見当たらなかった。


 一応は分かる範囲で年代別に整理されているようで文化の流れが見て取れる。


 これを一人で黙々とやっているならアインバッハ子爵は確かに変わり物なのだろう。


 果たしてそれは一番奥の棚にひっそりとまとめられ置かれていた。


「子爵、これは何ですか?」


「ん?ああ、そこにあるのは何だか分からない物じゃよ。最近の物ではないから遺物じゃろうとここに回って来たんじゃがワシも全く見当が付かなくて整理もできんのじゃ」


「これは触っても大丈夫ですか?」


「構わんよ。エラく丈夫なようで削る事もできん。一体何でできているのか見当もつかんわい」


 木箱の中の多くは大きさの差こそあれ雫型に固まり鈍色にびいろをしている謎の物体。

 その中には元の形状を保ったままと思われる物も混ざっている。

 直径10センチ程度の半球形の物や表面に全く凹凸のない綺麗な円筒形の物、幅2センチほどの柔らかい帯状の物。


 俺はこれらを知っている。

 サジから引き継いだミラクの知識の中にあった物だ。


 そしてそれはそこにあった。


 光沢のある金属質な表面をした一辺が5センチ程の正六角形で5ミリ程の厚さがあるプレート。

 持ち上げると見た目より遥かに思い。金に近い比重を感じる。


 長い時を経てきたとは思えないそのプレートの表面には文様が刻まれている。


「これは…」


 マリダが文様を確認して俺を振り返る。


「ああ、ミラクの文字だ」


 文字を確認した俺は小さな声でそう答える事しかできなかった。






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