第7話 軍資金

 ヴィオラ達から離れ、ロブの店に向かいながら俺たちは道端の物陰にそっと身を隠した。


「こりゃ決まりでいいのかな?」


「はい、予想通りこの世界は女性上位が一般的な常識のようですね」


「じゃあ俺はマリダの従者的な設定で様子見るしかないな。しかし参ったな。俺の外見は目立つのか」


「そのようです。解析結果でも男性型の平均身長は160センチ前後でした。集積データが少なく、この集落での局地的な傾向の可能性もありましたが、ヴィオラは ”この国で” と言っていましたから、それなりの広い範囲でマスターの体格は男性としては異質なようです」


「しかし、体格を変える訳にはいかないんだから、珍しい体格であることを自覚しながら動くしかないか。自覚があればなんとかなるだろう。それより獣人とか言ってなかったか」


「はい、直訳では”獣の人”ですが、会話全体のニュアンスから”獣人”との認識で問題ないと思います」


「すると俺と同じくらいの体格の獣人と呼ばれる種族がいるって事か。さすがに連邦と全く同じって訳にはいかないな。コミュニケーション可能な種族であることを祈るしかないね。

 悩んでも解決する訳じゃないから、とりあえず予定通り通貨の確認と獲得を目指そう。こいつらが売れればいいんだけどね。行こう」


 俺は腰にぶら下げた小袋を軽く叩いてから小声の打ち合わせを切り上げた。




 ロブの店はすぐに見つかった。マリダが扉を開けながら薄暗い室内に向かって声をかけると、雑多な商品らしき物が並べられた棚の奥にあるカウンターから応えがあった。


「すいません、やってますか」


「いらっしゃい、やってるよ。何が欲しいんだい」


「ここで色々買い取りしてくれるって聞いてきたんだけど」


「ああ、買い取りか。勿論やってるよ。何持ってきたんだい」


「これなんだけど」


 カウンターから出てきた小さな爺さんに、掌の透き通った長さ5センチ程度の六角柱を差し出した。

 水晶です。当然、積み荷です。いつの時代でも綺麗な物にはそれなりの価値があるだろうと積み荷から見栄えのよさそうな石をいくつか持ってきてみました。この水晶は他の製品の装飾として嵌めこまれてたやつを苦労してバラしました。製品本体は素材も含め連邦の技術テンコ盛りだからこの世界には出せません。


「おお、クリオスか。小ぶりだが曇りがなくて質がいい。これなら問題なく買い取れるよ。三万五千セルでどうだ」


「三万五千ですか。もう少し何とかならない?」


「う〜む、三万九千なら」


「もう一声、どうしてもここで売らなきゃならない訳じゃないけど」


「分かった、分かった。嬢ちゃんには勝てねえな。四万二千。これ以上は赤字になっちまう」


「ふふっ、じゃあそれでお願いします。それといくらか払ってもいいのでこの町の事を教えて欲しいんですですけど。私たち初めてで何にも分からなくて」


「じゃあ千セル、と言いたいとこだが、こんなチンケな田舎町の話じゃ金なんか貰えないよ。面白い話なんかないしな」


「そんなことないですよ。町の歴史とか、丘の上の大きな建物の事とか。なんでもいいですから」


「そんなに言うなら構わんが、なら立ち話もあれだから奥で座って話そう。最近、腰の具合が悪くてな。立ちっぱなしが少々辛いんだ。茶ぐらい出すから年寄りの話し相手になってもらおうか」


 そう言うとロブは踵を返し、俺たちを店の奥に招いてくれた。


 その後、小一時間かけてロブの愚痴を挟みながらの話で俺たちは多くの情報を得る事が出来た。


 多謝。


 他にも売れそうな物を準備してきたけど、いきなり色んな物を出しても怪しまれそうなんで、この場では出さない事にした。


 腰を上げた俺たちは最後に、代金の銀貨4枚と小銀貨2枚を受け取り、その中から小銀貨1枚を、受け取りを拒むロブに”お茶代”と称し手渡して、感謝の言葉を告げ店を後にした。



 店を出た俺たちは海辺にいた。

 ロブの話を検討するのに人目の少ない場所を探していたら海岸に出ていた。

 遠くの小舟の傍で何か作業している人影が二つ見えるだけで声の届きそうな距離に人の気配はない。


「気のいい爺さんで助かったな」


「ええ、状況把握に役立ちそうな情報も多かったですし」


「しかし、あのお茶は渋かった。思わず吐き出しそうになったぜ。腹壊さないだろうな」


「成分に問題はなさそうですし、ここでは一般的な薬草が原料と言ってましたから多分大丈夫でしょう。ハーブティーだと思えばそのうち慣れますよ」


「そんなもんかね。それより水晶が売れたのはよかった。換金できる物があるのが分かったのは助かる。しかも、あれ一つで一月暮らせそうなくらいの価値があるっていうんだからな」


 ここでは家族4人が暮らすのには、贅沢をしなければ一月五万セル程度あれば十分な暮らしができるらしい。


「あれ、いくつあったっけ?」


「リストで確認できた製品が250台で、1台に6個付いてます。1台は分解済みですから残り249台分、1494個は追加で確保できます」


「概算でも六千万セル以上か。金の心配はしなくて済みそうだな」


「はい。でも、一気に市場に流すのは市場が混乱して価値が落ちる可能性もありますから注意してください」


「そこは全体の経済が理解できるまでは慎重に小出しにしていくよ。他にも稼げるネタはあるだろうしな」


 当面の課題が解決しそうな状況に安堵しながらにこやかに会話をしている二人に、ぶしつけな声が後ろから割って入る。


「よう、そのニィちゃんちょっと貸してくれねえか」





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