第10話 お泊り
ヴィオラ達が席を立ったのを潮時に、俺たちも部屋に入る事にした。
部屋には寝台が二台と、小さなテーブルが一つあるだけでとても簡素だった。マリダに睡眠の必要はないが、二人で一人部屋一つという訳にもいかないし、個室二部屋より二人部屋の方が安かった。
寝台は、木製の台に藁のような乾燥した草を詰めた平べったく大きな袋が置いてあり、掛布団は見当たらない。どうやらこれに包まって寝るようだ。寝心地は期待できそうにない。
勿論、部屋には風呂もトイレも無い。トイレは共同で、風呂はそもそもこの建物に無い。金を払えば桶に入ったお湯を出してくれるそうだ。
「流れで泊る事にしちゃったけど、何とかなるもんだな」
「はい。エルパ人の活動を調べるには必要な事だったかと」
「食べ物が意外と美味かったのは安心したよ。スープも味付けしてあったし、パンも硬めでパサついてたけど食べられない程じゃなかった」
「私には味の判断は難しいですが、成分には問題ありませんでした。味付けはロブが海沿いのこの町では塩が手に入りやすいと言っていましたからその影響でしょう。パンの含有水分量が少ないのはきっと焼き方ですね。技術レベル的に調理の火力調節が難しいのでしょう」
「しかし、ここまで連邦人類と似てると過去にでも飛ばされたのかと思っちゃうな」
「時間遡行の可能性は否定できませんが、この星と似た記録は見つかりません」
「そうなんだよな。でも、今さら連邦に拘る必要は無いし、俺が生きて行けそうなら問題ない。そのためにも情報を早く集めないとな」
「喫緊の課題は、この国の制度と状況ですね。今の状態では全く足りていません。それに伴い国の周りの情報も入ってくるでしょう」
「そのためにも多少のリスクは覚悟してでも動かないとな。とりあえず領都のティリンセを目標にしたいんだけど問題あるかな」
「徒歩で二日の距離と言っていましたから無難なところでしょう。観測データでは直線距離で75キロです。問題はランチの扱いですね。このまま、あの島に置いておく事も可能ですが、緊急時の対応が遅れます。ホバーカーゴも隠したままですから何とかしないと」
「やっぱり一旦はランチに戻る必要があるか。ランチに戻るまでに観測データから内陸部で隠せそうなとこを探してみてよ」
「はい、候補をいくつかピックアップしておきます」
「あと金貨が欲しいね。銀貨、小銀貨、銅貨は手に入ったけど、10万セルには足りないからなぁ」
「換金できそうな物は、水晶が5個、ネックレスが2本、トップが2個、イヤリングが1組、ブレスレットが1個あります」
「明日、ロブの店で水晶を3個売ろうか。他は田舎で出すと悪目立ちしそうだ」
装飾品はマリダの付属品として服などと一緒に纏められていたものだ。本体が高級だとオマケも高そうで助かります。
外の気配で目が覚めた。木戸の隙間からは幾筋かの光が差し込んでいる。
昨日は、小さな窓からの日差しが陰り、夜の訪れが近い事に気付くまでマリダとの打ち合わせをしてた。
夜の食事は日暮れから2時間後くらい迄と女将に説明されていたので早めに済ます事にした。さっき、ヴィオラ達と軽く食べたから余り腹はすいてないけど、この世界の食事には大いに興味があった。せっかくの機会を逃したくはない。
メニューは、食べやすく切ってある肉を焼いて酸味が強いソースをかけた物がメインで、軽食と同じスープとパンが添えられていた。肉は300グラム以上ありそうだから量は十分だ。
飲み物を頼もうと声をかけると、ピケが30セルと言われた。どんなものか見当がつかなかったが、とりあえず注文してみると、水で薄めたワインみたいな味だった。酒なら
食事を終えると部屋に戻り、明日の行動予定を確認したら、さっさと寝ることにした。明かりはランプの油が一匙20セルで蠟燭が一本70セルだそうだ。蝋燭を1本買ってみたが独特の匂いがして好みじゃなかった。狭い空間で長時間の使用はお勧めしません。
硬い寝台から背中がギシギシと音を立てそうな体を起こし、冷めきった昨日のお湯の残りで顔を洗う。マリダに注意されて寝癖を直してから、女将に出立の挨拶を済ませ宿を出た。
ヴィオラ達にも世話になった礼を伝えたかったが、もう仕事に出ていて会えなかった。仕事が終わればティリンセに行くと言ってたから、縁があればまた会う事もあるだろう。
宿を出るとロブの店で予定通りに
ティリンセの事を尋ねると、知り合いがいると教えてくれ、丁寧に紹介の手紙まで書いてくれた。待ってる間に、あの渋いお茶を出そうとするから丁寧にお断りしました。ホント渋いんだよ。
念願の金貨を手に入れてからマーカーを回収し、俺たちはグラニドを出た。
昨日来た道を戻るだけなのに、見える景色が違って感じる。
遠くに見える畑の更に奥にある森の中で、知っている人間が獣を追っているんだなと思うだけで、懐かしいような親近感を感じるのは何故だろう。
そんな不思議な思いと、根拠の薄いやっていけそうな予感と共に、俺とマリダはホバーカーゴのある岩場へと向かって歩いていった。
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