第9話 常識

 宿は無事に取れた。一人一泊1200セル。飯は別だが、一食300セルで食える。ロブに聞いた通りで、暫くは手持ちの41000セルで過ごせそうだ。

 ここは宿屋でもあるが併設の食堂がメインのようで、宿泊客以外は一食350セルの食事を宿泊者には割安で提供してくれるようだ。長期宿泊も割引で一泊1000セルになるそうだ。


 名前と宿泊予定をふくよかな外見の女将に告げ、宿泊手続きを終えてからヴィオラ達と軽い食事をする事にした。

 そして、俺の努力の成果を披露する機会がついに訪れたのだ。


「あんた、全然喋らないけど、喋れない訳じゃないんだろ?」


「ああ。出しゃばりたくないから余計な事は話さないようにしてる」


「確かにそのガタイで十分目立つ上に、出しゃばって女同士の話に口ツッコんだらロクな事にならねえな」


 通じたよ!俺の2か月の苦労はここに報われたんだ。涙出そう。


「しかし変な訛りがあるな。何処の生まれだい?」


「ちょっと訳アリで出自は明かせないの。迷惑かけちゃうかもしれないから。ごめんね」


 更なる発音練習の必要性が露見すると同時にすかさずマリダが引き取ってくれた。

 補習ケテーイの瞬間でした。やっぱり涙出そう。


「構わないよ。誰だって人に言えない事の一つや二つあるからね」


 そこに小ぶりな木製のボウルに入った野菜スープとパンがサーブされ、その後は当たり障りのない会話となったが収穫は結構あった。


 ここはミケーネ王国のティリンセ領にあり町の名前はグラニド。大陸側に進んだ先にある湖がティリンセ湖で、そこには領都もあるそうだ。内陸に続く街道の検問と城は、敵が海から上陸したときに領都への侵攻を防ぐためのものらしい。これはロブからも聞いていた。


 そして、そこに詰める兵士はどうしても体力を重視するので二メートルを超える大柄な女が多いそうだ。俺くらいが普通らしい。ヴィオラは206センチだった。


 ミケーネ王国の王様はニケ・ミケーネ。勿論、女で『優美王』の愛称で人気があるそうだ。10年前の大戦争で兵力で劣り不利な状況の王国軍を率いて、見事な戦術と苛烈な用兵で勝利を重ね、王国に有利な条件で停戦に導いた英雄らしい。

 

 戦争前の男女比は今より酷く、2:8くらいだったが、戦争で兵隊として女が多く死んだので人口に占める男の比率が少し上がったそうだ。国民の男女比に影響する戦死者数の戦争ってどんな規模だよ。


 そんな状況だから一夫多妻が常識で男の独占は諍いの元のようだ。すっかりハーレムの印象だが主従が逆だ。ハーレムは一人の男がその意志で好みの女を複数従えるのだが、この世界は多くの女が一人の男を共有するのだ。つまり男は女達の共同所有物であり、そこに男の意思は反映され難いのが常識なのだ。求められれば子種を授ける種馬みたいな立場のようだ。でも貴重な分、大事にもしてもらえる場合もあるみたいだから、そちらを期待しておこう。


 そんな状況で男が一つ所に留まれば血が濃くなりすぎるから、多くの男は現役のうちは長く定住せず各地を彷徨うそうだ。ここの女将もたまたま立ち寄った吟遊詩人ノマドに子種をもらえて幸運だったと言っていた。そんな幸運に恵まれなかった女は娼館へ行く。金を払って好みの男の子種を買うのだ。結構、稼げるみたい。


 女が行きずりの相手の子供を宿して幸運と感じる世界に慣れるのには時間がかかりそうだ。


 そういえばロブは腰が悪いと言ってたが、まだ現役なんだろうか。


 ヴィオラたちはソシエンテという組織から派遣されてるアジェントと呼ばれる会員なんだと。


 ソシエンテは教会が運営する人材派遣会社みたいな所で、仕事の依頼を仲介して手上げしたアジェントを派遣するのが仕事だそうだ。街中の簡単な日雇い仕事から、専門職を一定期間雇用するような特殊性の高い業務も扱っていて、原則として受ける仕事はアジェントの自由意志だが、専門性の高い仕事では指名依頼や強制依頼が発生するそうです。

 支部が多くの町にあって情報伝達にも使われてるみたいだから、この世界の重要なインフラとして機能しているようだ。


 アジェントにはランクがあり、札と呼ばれる身分証で確認できる。見習いからスタジス始まってポムフェロクップアルジャオーロと実績に応じて昇級していく。殆どは鉄以下で、鉄で一通りの仕事が熟せ、銅なら専門分野で一定レベル以上の成果が期待できる熟練、銀ならその分野でかなり優秀、金なら大きな功績があり国から声がかかるレベルなんだとか。


 ヴィオラ達はソシエの警護パディと呼ばれる荒事を担当する分野に所属していて、今回はティリンセ支部からの畑を荒らす害獣駆除の依頼でこの町に来ていた。ヴィオラは銅でアリーチェはそろそろ銅に上がれそうな鉄でした。二人とも結構優秀なんだろう。


「これからどうするんだい?」


「海沿いを移動しながら、居心地のよさそうな場所があれば少し長居してもいいかなって」


「優雅なもんだな。羨ましい限りだ。なら、隣の領のリミーエって町に行ってみるといい。ここよりデカくてソシエの支部があるくらいには栄えてる」


「そうね、いいかも」


「アタイ達はもう少し仕事してから報告にティリンセに行く。何かあればソシエに言伝してくれれば連絡も取れるよ。じゃあ、良い旅を」


 別に旅をするつもりもないけど、ランチに戻るには海沿いの道で町を出なきゃならないだけだ。ホントのところティリンセに行ってみたい。


 そして親睦会はお開きとなり、ヴィオラ達は自分の部屋へ戻っていった。



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