第21話 資料館

 まだ時間が早いので部屋に荷物を置いて街に出る事にした。荷物には船から持ってきた物もあるので念のためマーカーを設置する。映像はマリダがリアルタイムで確認できるし、俺の生体情報端末でも見られる。


 受付で街の歴史を調べたいと言うと、資料館を教えてくれた。宿から15分程歩いた中央の行政地区にあり、五千セルと高額な入館料が要るらしいが歴史書や研究書といった貴重な本を保管しているそうだ。


 宿を出て資料館に向かいながら街を歩く。湖に向かっていくので道は緩い下り坂だ。道幅は広く、バロ車がすれ違うのに十分な幅が確保されている。


 途中に出店があったので買ってみる。肉を串焼きにしたもので一本七十セル。カリという動物の肉でこの辺りでは手に入りやすいそうだ。食べたら鶏肉のような味と食感だった。


 資料館はすぐに見つかった。入口には衛兵が立っており、重要施設である事が伺える。入口で二人分の入館料銀貨一枚を払い、日付の入った札を貰う。宿では言っていなかったが、これで三日間自由に出入りできるそうだ。朝一で来た方がお得だったな。


 案内の女性に付いて中に入ると書架はそれほど多くなかった。本自体が貴重で数が少ないのだろう。


 国の歴史が分かる物と湖の伝承について研究した物、生き物を纏めた物を頼むと、すぐに三冊の本を席まで持ってきてくれた。


 俺は少し読んでみるが、マリダは黙々とページを捲っている。画像データで記録してしまえば後でゆっくり翻訳して解析できる。今頃、ドルが嬉々としてデーター整理をしている事だろう。


 マリダは二十分程で三冊の本を記録し終えると、本を探す振りをしながら書架の間に入っていく。書架に並ぶ背表紙の情報を取りに行ったのだ。これで明日はピンポイントで情報が確認できそうだ。


いきなり何十冊もチェックすると怪しまれそうだったので、今日のところは二時間ほどの滞在でお終い。明日、行く予定の憲兵隊本部が近くにあるらしいので、場所を確認しながら宿に戻る事にした。



 道中は相変わらず奇異の視線は向けられたが何事もなく宿まで到着。あっ、途中でちょっとブランキア商会に寄り道してニーノさんに宿を決めた事を報告しておいた。メリッサに頼まれてたから。



 部屋に戻った俺たちは、とりあえず現金の整理をすることにした。手持ちの現金を確認したら1,458,620セルあった。盗賊から押収した金が結構あったからね。ああ、盗賊の武器をブランキア商会に預けっぱなしだった。あれも処分しないと。


 一か月五万セルとしても三年位は行けそうな金額だ。宿屋暮らしで割高になったとしても、明日には盗賊の引き渡し報酬も入るし暫くは大丈夫そう。

 最悪でもソシエに預けた二千万があるから、どうにでもなるだろうけど。


 基本的に支払いは俺がする事にして、マリダには緊急用として百万、残りを俺が持つことにした。マリダが持ってた方が安全ですもの。


 そして今日の収穫について確認する。


「俺は『生き物たち』しか見てないけど他はどうだった」


「はい、この国の歴史は七百年程のようです。王国建国以前も多くの国が興亡を繰り返していたようなので人類の歴史はそれなりに長いようです。その間に文明レベルが大きく進んだ事はなく、今と同じような環境が続いてるようですね」


「そんなに進歩がないなんてちょっと不思議だな。逆にこの環境を維持するようにしてるみたいだ。よっぽどこの世界が居心地いいのかな」


「その可能性もあります。しかし、その場合は世界を管理できる大いなる意志のような存在が不可欠となります。神のような」


「神様ね〜。社会の中心に教会が管理するソシエがあるし、強ち間違いじゃないかもな。明日は宗教についても調べてみよう。書架に気になるタイトルの本はあった?」


「教会の成り立ちや歴史について書かれている物は何冊か。神や神話の本もありました」


「湖の伝承は収穫有った?」


「メリッサの話の通り湖面が光る現象は昔から確認されているようです。多くの目撃証言が残されていました。現象発生後の一定期間は近辺の生き物が巨大化したり凶暴になり船を沈める事もあったため、湖の神の怒りだと言い伝えられているようです。証言から大まかな発生場所は特定されているようですが、水中の事なので確認作業は行われていないようです」


「また神様か。便利に使いすぎな気もするな」


「そもそも神という概念はそのために生み出された存在ですから。理解できない現象を神の行いとすることで現実世界から切り離し、自分たちの日常を保とうとするバイアスが働くのは連邦人類の長い歴史でも確認されている事です。便利な道具ほど広がり長く使われるものです」


「その辺の思考形態も同じような物って事か。ここまで似通ってると神様の悪戯説も信じたくなるけどね。でも、生き物は結構違うのもいたぞ」


 俺が『生き物たち』を選んだのは挿絵が多かったから。子供か。


「あの竜種ってのはヤバそうだったな。ほぼ恐竜だろ」


 目立っていたのは竜種として纏められていたページ。バロを見てある程度違いは予想していたが、此奴が一番インパクトがあった。


 頭の雰囲気はトカゲ。でも大きさは三メートルから五メートル。皮膚は鱗や羽毛で覆われている。移動は二足歩行と四足歩行の他、鳥のように空を飛ぶ種類もいるようだ。多くは人も襲う害獣だが、一部は家畜化され、荷車を牽いたり畑を耕したりと使役されていると書いてあった。ぜひ見てみたい。触ってみたい。


「興味を持たれるのは仕方ありませんが、くれぐれもご注意を。君子危うきに近寄らずですから」


 マリダは俺の頭の中を見透かすように、そう言った。


 うん?顔にでも出てたかな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る