第95話 平穏
官邸を後にした俺はその足でキノの店に向かった。
さっき思い付いた食パンの型を依頼するためだ。
昼間の街中は驚くほど普通だ。
街道が閉鎖状態で品薄になりつつある商品もあるようだが食材は領の備蓄を計画的に市場に放出することにより安定供給を維持できている事が大きいようだ。
イレーナさんの苦労が偲ばれる。
そりゃクマもできるわ。
「おう、久しぶりだな。噂で戦争に出たって聞いたけど無事みたいだな。今日は一人なのか?」
「ああ、何とか無事に帰ってこれたよ。マリダは用事が出来てちょっと遅れてるけど無事だよ」
「今日はどうした?武器はちょっと品薄だぜ」
「いや、また造り物頼もうと思って。こんなやつなんだけど」
手書きの簡単な図面を差し出す。
「ふーん、材料は鉄か?ローザンからの鉱石が止まってるから少し時間がかかるかもしれないよ」
「そんなに急ぐものじゃないからゆっくりで構わない。ローザンは暫らくゴタつくだろうけど流通はじきに復旧するよ。戦争は一段落しそうだからな」
「そうなのか?ガゼルタ街道もラクイラ街道も殆ど閉鎖状態で戦争の情報は中々こっちまで降りてこないからな。鍛冶屋にも教えてやれば喜ぶだろう」
「近いうちに伯爵から発表があるはずだから安心していいよ」
「そういえば優美王が前線に出たって話だが本当なのか?」
「ニケ王?本当だよ。凄い迫力のある美人だったなぁ」
「会ったのか!?」
「ああ、少し話をさせてもらったよ」
「お前、何気に凄い奴なのか?貴族でもないのに優美王と話すなんて凄い事だぞ」
「偶々だよ。戦況の報告しただけだから」
「それでも羨ましい事だよ。王様のお陰でこの国は良くなった。ここは伯爵様のお陰で昔からいい街だったけど他はローザンみたいな碌でもないお貴族様の街が多かったけど、噂に聞く限りじゃだいぶ減ったみたいだ。ニケ王が目を光らせて民を蔑ろに扱う馬鹿貴族をどんどん潰してくれたお陰だよ。だから殆どの国民は感謝してる。文句言ってるのは貴族にくっついておかしな商売してる奴ら位だ」
「そんな事やって貴族同士で揉めたりしないのか?」
「王宮じゃ王様の考えを支持する国王派とそれに反発する保守的な貴族派があって多少はゴタついてるって話だよ。宰相のヒューリック侯爵と王様の従姉妹のアイスラー公爵が上手く納めてるってのがもっぱらの噂だね。二人はもちろん国王派でローザン伯爵はゴリゴリの貴族派だったからしばらく貴族派は大人しくなるんじゃないかな」
「へー、キノはそんな話よく知ってるな」
「長く商売やってりゃ自然と聞こえてくる話は多いからね。それをバカにしてると後で痛い目見るのは自分だって事を商売人なら知ってるよ。それが分からない奴は長続きしないのさ」
「商売の秘訣ってやつか」
「そういう事。だからあんたも気を付けな」
「精々忘れないようにするよ。じゃあ注文頼んだよ。おっと、これ前金ね」
金貨を一枚カウンターに置く。
「毎度あり。またの御贔屓を」
そんな商売人の常套句を口にしたキノの笑顔に見送られて店を出た。
時間に余裕もあったんでブランキア商会に顔を出そうかとも思ったけどメリッサの仕事の邪魔になりそうなんで今日の所はやめといた。
ニーノさんに挨拶するのはその内でいいだろう。
ソシエに行ってもキアーラはまだ戻ってないだろうしマリダがいなけりゃ組手もできない。
街中にこれだけ憲兵が出てればアリシア達も大忙しだろう。
うーん、やる事がない。
というか付き合ってくれそうな相手がいない。
はっ!よく考えたら俺はこの星でゆっくりノンビリ自由に過ごすつもりだったじゃないか。
これは初心に返って目的を果たすためのチャンスを神が与えて下さったのではないのだろうか。
そうだ、そうに違いない。
俺、今回はだいぶ頑張ったもんな。
殆どマリダとノアが働いてた気がするけど気のせいだろう。
だから日がな一日ゴロゴロしててもいいんだよ。
ご褒美、ご褒美。
てことで自分を納得させて屋敷に帰ってのんびりさせてもらいましょ。
屋敷に戻ったらモニカからパンの屋敷外への持ち出し禁止の通達が届いていた。
ふむ、解せん。
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