第97話 天の目
目の前にあるのは漆黒の宇宙に瞬く星々。
俺は久しぶりにその無音の世界をコーヒーを片手にゆっくりと眺めていた。
視線を青く美しい宝石に移しながら知り得た情報を頭の中で整理していく。
まず俺のいる大陸にはミケーネ王国の属する西方諸国の他には大まかに五つの勢力がある。
最も広い版図を持ち皇帝が絶対権力を持つ専制国家ロマーヌ帝国。
疑似共和国の様相を呈する小国の集まり連合国家アラミス。
教皇が信仰の名の下に統治する宗教国家ヴェアリシャル聖皇国。
獣人の国レオザニア獣王国。
森人の国ユーグラシア。
その他にも小国が幾つかあるが世界情勢に対する影響力はほぼ無く、風見鶏のようにその時の情勢に応じて付く勢力を変えながら姑息に生き残りを図っている。
ロマーヌ帝国はミケーネ王国を中心に見て北東部の殆どを版図としているが気候の厳しい極地や多くの峻険な山岳地域を含む事などから居住可能な場所はそれほど多くは無い。
アラミスはその南側に位置し国家を名乗って連携はしているが小国の寄合のような国だ。大陸沿岸部の国とその周辺の島国とで生産や貿易、そして軍事で同盟を結び帝国に対抗している。
決定権を有する絶対的な権力者は存在しておらず加盟国の行動の指針は各国代表により構成される連合議会が行っている。
ヴェアリシャル聖皇国はアラミスとミケーネ、ロマーヌに囲まれる立地でありながらどの勢力にも組せずその忠誠は唯一神アバロンとその御子である教皇に捧げられ政治的には中立を謳うが多くの国に布教の為の教会があり多くの信者を抱える事でその影響力は多岐に及ぶ。大陸では最も歴史の長い国だ。
アラミスから更に南下した場所にレオザニア獣王国がある。
国土の殆どがジャングルに覆われた広大で自然豊かな国だ。
国を名乗っているのは勢力の大きな一部族とその周辺部族だけであり全ての部族が集っている訳では無いようだが大陸から移動可能な地続きのルートが限られている事で大きな侵略を受ける事もなく今に至っているようだ。
ユーグラシアは西方諸国の北部に広がる迷いの森と呼ばれる広大な森林地帯にあるようなのだがアラミスと多少の交流があるレオザニアとも違い他国との交流が全くという程ないため資料が少なく多くが謎に包まれている。
上空からの偵察でも発見に至っていないのは不思議な事だ。
人の国の社会形態は程度の差はあるものの専制主義が基本であり一部の貴族が多くの民衆を支配する形だ。
レオザニアとユーグラシアについては細かい資料が見当たらなかった。
そんな事を考えながら改めて大陸を眺めながら独り言が零れる。
「国境線なんてどこにも書いてないのにな」
「ドル、聖素について何か分った事はある?」
コーヒーを飲み終わるタイミングで呟くと、耳障りの良い優しい声がそれに応えた。
『いくつかの文献に ”妖精の悪戯” とされる超常現象の記録がありました。そこからの推測になりますが今までにも聖素が使える人間は時々生まれていたと思われます』
「オデッサ達だけじゃないって事か。その現象を系統立てて理屈を説明できれば誰でも使えるようになる可能性はあるのかな?」
『はい。聖素自体に主体的な思考は無く人間の思考に反応して発動するようですので精神感応に代わる思念伝達の手段が確立できれば可能と思われます』
「ブレラに登録された回路図だけじゃダメなのか?」
『あの回路図は反応した聖素を効率よく現象に変換するための補助的な物のようです。あれ自体が聖素に反応を促すきっかけにはなっていないと思われます』
「インバーターみたいな物か。そもそもエネルギー源となる反応した聖素がなければ意味が無いって事なんだな。ならオデッサ達なら有効だったりするのかな?」
『リスクを無視できるのなら可能性はあります』
「リスク?例えば?」
『通常の発動が外部の聖素を使うのに対してサジの推測によれば彼女たちは体内に蓄えた聖素を使っている可能性があります。それが万が一暴走した場合には器である肉体が破壊される可能性があります』
「そりゃ上手くないな。もう少し考えてからの方がよさそうだ。ロマーヌの方はどんな感じ?」
『大規模な人の移動はアズールから帝都ハインローマへと撤退行動中のロマーヌ軍のみです。二日後には移動が完了すると見込まれます』
「じゃあ暫くは大人しくしてくれそうだな。俺も王都の用事が片付くまでは今までみたいには動けないだろうから丁度いい。ドルは帝国の大規模な人の動きの監視とノアの情報の上空から確認できる部分の裏どりを頼むよ」
『了解しました』
『ピッ、シュン』
小さな動作音と共に開いたラウンジの扉の先にはマリダが立っていた。
「マスターお待たせしました。準備が整いました」
「オッケー、じゃあ下に戻ろうか。あんまり空けておくのもよくないだろ。じゃあドル、後は頼んだよ」
『お任せください』
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