第25話 獣人
AIに男心の繊細さを理解させるのは難しい事を痛感した次の日は、湖をゆっくりと散歩する事にした。
この世界では何の柵もない自由人のはずだが、何故だか毎日忙しくしてる。根が貧乏人なので動いてないと落ち着かないのもある。人はそれを
ふと、そんな言葉が頭に浮かんでしまったので、意識して休暇を取る事にした。昨日までも仕事してた訳じゃないし、意識して強制的に休むのもちょっと違う気がするんだけどね。
宿を出たらまずはブランキア商会へ。昨日、約束したバックパックを届ける。ティリンセに来てから毎日顔出してるな。湖畔への通り道だからついでだ。これは仕事じゃありませんと心の中で自分に言い聞かせる。バックパックは明日にでも返してくれるそうだ。仕事が早い。
湖畔までは徒歩で30分くらいだった。湖畔に近づくにつれ、宿の周りの賑わいとは違う、生活感が溢れる雑多な賑わいへと変わっていく。向こうは山の手、こっちは下町って感じだ。
賑わいを楽しみながら街中をぶらついていると、暗い路地の奥から声が聞こえた。
「いいから出せって言ってんだろ!金持ってんだろが」
「もうパンを買ったからお金は持ってません」
「お前が銀貨出して釣銭貰ったのは見てるんだよ。素直にそれ出しな」
「これは他にも買わなくちゃいけないものがあるし、院長先生に返さなくちゃいけない大事なお金ですから渡せません」
うん、カツアゲですね。さすが下町。面倒ごとは勘弁してもらいたいけど、このまま見捨てて後悔するのはもっと勘弁だな。
「おい、その辺にしとけ。憲兵呼ばれたいのか?」
小娘三人が一斉に振り向く。マリダよりデカいけど若そうだから小娘。うーん、どこから見ても立派なチンピラだ。
「何だテメエ。男のくせに偉そうな事言ってんじゃねえよ。それともお前が金出してくれんのか。それならこの娘は勘弁してやるぜ」
右手に持ったナイフの腹で左の掌をペチペチ叩きながら近づいてくる。切っ先をゆっくりと俺の顔に近づけようとした瞬間だった。俺は相手の手首を強く握り一瞬でナイフを奪い取ると逆に鼻先に突き付ける。
「これは玩具じゃないから、人に向けちゃダメだ。分かるな?」
「くっ」
そう言ってから路地の壁際に放り投げる。
「うるせぇんだよ!」
ナイフが離れた途端、殴りかかってきたので軽くスウェイで躱して軽めの右ボディーを一発。後ろの小娘二人も向かってきたので対応しようとしたら、飛び出したマリダが一瞬で蹴り倒して投げ飛ばしてました。
「大丈夫かい?怪我してない?」
出来るだけ優しく路地の奥の少女に向かって話しかける。
「は、はい、私は大丈夫でしゅ」
あっ、噛んだ。
「ありがとうございます。でも、パンが・・・」
足元には小娘たちが踏み潰したのであろうパンが無残な姿で転がっていた。
「そりゃもう食べられないな。よし、もう一度買いに行こう。お金は…」
壁際に放り出されたナイフを拾い上げる。
「こいつを売ってパン代にしよう。こいつらのせいなんだから問題ないだろ」
俺が明るくそう言うと、悲しげだった少女の表情が綻んだ。
「うん、ありがとう」
下げた頭に目が留まる。
「ん?それ・・・」
「あっ!」
慌てて小娘たちに取られて放り投げられていた帽子を拾って被る。帽子で隠した黒髪には三角の突起が二つ確かにあった。
「…私、獣人なんです。でも、暴れたり他の人には迷惑かけたりしません」
「ごめん、そんなつもりじゃないんだよ。初めて見たからちょっと驚いちゃっただけなんだ。人も獣人も差別する気はないからね。俺こそ謝らなきゃな」
「院長先生から獣人というだけで酷い事する人もいるからできるだけ隠しなさいって言われてるの。だから…」
「先生が言うならそっちの方がいいんだろうな。でも、俺は大丈夫だ。安心してくれ。それより、パンを買いに行こう。俺たちも市場に行こうと思ってたから一緒に行くよ。ああ、俺はリュートだ。彼女はマリダ」
「うん、私はカティ。パン屋はこっちよ」
俺たちはカティに案内されながら小娘たちがだらしなくノビている路地から通りへと戻った。
うっ、あの耳を触ってみたい。
おっと、危ない。ノータッチの大原則は曲げてはならん。
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