第173話 何の試練だよ

 俺は舞い上がる土埃の中、素早く起き上がり次に備える。


 持ち上げて最高到達点から真っ逆さまに落としてもよかったのだが下手をすると首の骨が折れて殺してしまう。目的は負けたと思える程度のダメージを与える事だからそれではやり過ぎだろう。


 で、俺は今何をしているか。


 将軍に頼まれて第一軍の兵士との組手の最中です。


 どうやら原因は青鬼の二つ名を持つ傭兵を倒した事の様なのである意味自業自得とも言えなくはない。しかしあれは俺が望んでやった訳ではなく宰相の命令で付いて行った先で将軍の指示でやらされただけじゃん。俺悪くないよね?


 あの後、カリスマ性のある門番がいなくなった正門は然したる時間もかからず破られ数に勝る正規軍の突入を許した後は多少の時間を要したが侯爵邸の制圧に無事成功の運びとなり侯爵自身も拘束された。


 そこは自決か逃亡じゃないんかい。


 青鬼ガーシュは目が覚める前に簀巻きにされて独房に放り込まれたらしい。


 あれから三日が経過しているのだが現場を目撃した第一軍の兵達から話が拡がり、その話を聞いた腕に覚えのある兵士達から『ぜひ勝負させてほしい』との要望が相次ぎ、対応に困った将軍からの依頼を『王様が戻ってくるまで急ぎも無いし、まあその程度ならいいか。森人エルフの連中への対策なんかマリダが戻ってからで十分だろ』といつもの軽い調子で受けてしまったのが間違いだった。やっぱり自業自得か。


 てか腕に自信があるならガーシュに挑んで欲しかった。

 まあ負けたら多分死んじゃうだろうから気持ちは分からなくはないけど。

 それが殺されないと分かっているなら挑んでみたくもなるかもしれない。


 自分の考えの甘さを思い知ったのは将軍に連れられて練兵場に出た時だった。


 そこは既に黒山の人だかり。

 その中心には腕組みして待ち構える如何にもなガタイの兵隊さんたち。

 何人いるんだよこれ!


 ああ、ここ国軍だったわ。

 ティリンセ領軍の規模で考えていた私が愚かでした。

 規模が違う。今更気付いても遅いよね。

 ここには居ないマリダの言葉が聞こえた気がした。


「そういうところですよマスター。少しは注意してください」


 はい、すいません。私が軽率でした。


 こりゃ時間かかりそうだなと漸く気付いたときにまた間が悪くドルから『患者クランケの意識レベルの上昇を確認しました。覚醒モードに移行します』なんてメッセージが届いたりもする。


 そっちも気になるけどこれ終わるまで手が回りそうもありません。


「よう、また会ったな」


 最初に声を掛けてきたのは見知った顔だった。確かロゼッタだったかな。


「キューがくっついて歩いてるからナニモンかと思ったがまさか青鬼をぶん投げる程の奴だったとはな。あたしは裏門に回ってたから見られなかったんだ。今日は気合入れて一番手を勝ち取った。頼むぜ」


 ニヤリと笑ったその後ろには何人か顔に新しそうな傷を持つ者がいる。

 ああ、順番争いしたのね。


 確かに最初の一人で終わりになる可能性もゼロじゃないからどうしてもって言うなら一番手が確実だ。


 でもこれ訓練だよね?気合い入れすぎだよ。


「ヨシ。じゃあ対戦は一対一。お前達はダメージを受けて倒れたら終了だ。まだやれたとしても次に変われ。そうしないと順番が回らない。分かったな」


「「「はい」」」


「リュートは一人だからな。多少のダメージを受けても無理と思うところまで頑張ってもらう。体力が尽きたらそこで終了だ。お前達もそれでいいな?」


「「「はい」」」


 いやいやいや、ルールが俺に厳しすぎる件について。


 簡単そうに言ってますけど将軍、これは何の試練なんでしょうか。俺は何か罰を受けるような事したんでしょうか。ちゃんと命令熟したのに。


「ではロゼッタ」


「オオッ!」


 おおっじゃねえ!こうして俺の謎の試練は幕を開けた。


 まあキューに絡んでくるぐらいだからある程度予想していた事だがロゼッタはなかなかの手練れだった。


 切れのいい蹴りと拳を何度か躱してから伸びきった左腕を掻い潜りクルリと背を向けながら懐に潜りこむと鎧も着けずシャツ一枚の無防備な鳩尾に肘打ちを一発。その勢いのまま肘を支点に流れる拳を裏拳で顔面へ。


「ゲッ」

「よし、次」


 呼吸が詰まって口をパクパクさせながら尻もちをついたロゼッタを無視するように将軍の無慈悲なコールが響く。


 うわっ、このペースか。きつそう。


 十人を超えてからは数える事も止めて尽きることなく現れる挑戦者を倒す事だけを考える。


 そして何人目かもわからない挑戦者を投げ捨てたのが今だ。


 多少の身体強化はしているものの半刻以上も激しく動いているので流石に汗だくで疲れが見えてきた。フルで強化してしまえばもっと楽なんだろうけど加減が難しくなる。何事も程々を目指すのは結構気を使って変なとこが疲れる。


「次。…次はどうした。もういないのか?何人抜いた?」


 将軍の声にも俺の前に立つ者はいなかった。


「57名です」


 積極的に挑戦者の回収をしてくれていた兵隊さんが素早く答える。

 周りには優に五百人以上いそうだがその中でも腕自慢が次々に倒されるのを見て満足してくれたようだ。


「ふむ、大したものだな。四百人殺しの二つ名も伊達ではなかったか。…よし、今日はここまでだ。お前達も満足しただろう。リュートの実力は今見た通りだ。今後は第一軍の訓練にも時々参加してもらう。お前達もたかが男と馬鹿にする事なく勝てるようにしっかりと鍛えろ」


「「「はい」」」


 あの〜訓練の話、俺聞いてませんけど…。(驚)

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