第29話 救出作戦開始

 千晶たち士官学校の生徒たちはダンジョンの一階に転送され、そのまま近くの出口を潜って地上へと帰還を果たした。


「おいおい…うそだろ!!ダンジョンの外にモンスターが漏れてんのかよ!?まじで緊急事態だったんだな!くそ!全員!陣を組め!!ギルドビルへ向かって走れ!互いにカバーし合え!モンスターは一切無視しろ!!ゴーゴーゴー!」


 ダンジョン周辺には大量のモンスターが発生しており、国連軍と自衛隊のお台場駐留部隊と交戦状態に突入していた。千晶は陣形の外側に自ら立ち、他の生徒たちをモンスターから守る。


「くっそ!アラタ!指揮を執ってくれ!アラタ?!いない?!うそだろ!?そんな!?」


 必死に走ってきたため、新と祢々の姿が生徒たちの中にないことに、千晶はいまさらながらに気がついた。そして彼らは国連軍の張ったバリケードを潜り、ギルドビルの敷地へとなんとか辿り着いた。すぐに彼らの傍に衛生兵たちがやってきて、手当を始める。


「おや。無事に脱出してきたようですね。救出の手間が多少は省けてくれてありがたいですね。300人も戻ってこれた。学年の60%も戻ってこれた。この混乱状態で帰還できるんですから優秀です。褒めてあげます」


 千晶の傍にラエーニャ・オリヴェイラ准将がやってきた。この混沌とした状況であってものほほんとした態度を一切崩していなかった。周りの人間はみんな戦闘服を着ているのに、彼女だけはいつも通り私服のままだった。


「なに落ち着いてるんですか?!これスタンピードですよね?!このままモンスターがお台場から首都圏に出ちゃったらとんでもないことになりますよ!!」


 ラエーニャの態度にイラついた千晶は声を荒げてしまうが、それでも彼女はちっとも動じない。


「そんなのわかってますよ。そんなことより、新さんと祢々はどこです?もしかしてダンジョンに置いてきました?」


「そんなわけないでしょ…くそ…。多分俺たちが脱出した後、何かがあったんだ。あの二人が最後まであの場に残ってたから…美作の野郎が何かやったんだな!!モンスターが外に漏れたのもあいつのせいだな!!くそ!ちくしょう!!」


「ふむ。二人っきりで危険な場所に取り残されたと。ほう…なるほどなるほど…」


 千晶はその時気がついた。ラエーニャの口元に微かな笑みが浮かんでいることを。その笑みに千晶はあまりに恐ろしい何かを感じて背筋を震わせてしまう。


「オリヴェイラ先生。この騒動は美作が何かをしかけた騒ぎです!あいつは新と斯吹に執着してる!だから早く助けに行かないといけない!命令をください!俺は仲間を早く助けに行きたい!」


「その必要はないです。あなたたちはこのままお台場から離脱してください。消耗した兵士を戦場に放り込んでも役には立ちませんのでね」


「だけど!!」


「あなたごときの助けなど新さんには不要です。そう。要りませんよ。彼は完璧なのです。誰の助けもいらない。ふふふ。そう彼は完璧だから…」


 食い下がる千晶に対して、ラエーニャは一切取り合わなかった。どこかうっとりしたような笑みで救援の要請を拒絶した。そして彼女は生徒たちの傍から離れて何処かへ行ってしまった。


「なんなんだよ!仲間を見捨てろってのかよ!アラタは俺たちを助けたのに!くそ!おい!みんな聞いてくれ!志願を求める!アラタと斯吹を助けに行くための部隊を作りたい!賛同してくれるものは俺のところに集まってくれ!」


『おう!まかせろ!』『戦友は絶対に見捨てない!』『恩返しだ!!』


 生徒たちの中から消耗の少ない者たちが手を挙げる。30人ほどが千晶の下に集まってくれたのだ。さらに。


「へぇ。千晶くんまじかっこいいじゃん。ウチの元カレにしてあげようか?」


 千晶が振り向くとそこには迷彩の戦闘服を着た鶴来つるぎ百合華りりはと、目出し帽を被った兵士たちがいた。肩についてる部隊章は自衛隊のものだった。


「リリハ先輩?!それにその人たちは陸自の特戦群?!」


「そうだよ!きゃはは☆アラタっちがピンチなんでしょ!ウチらが助太刀するよ!このスタンピードの原因も取り除かないといけないしね!さっきの話盗み聞きさせてもらったよ。美作が今回のスタンピードの首謀者なんでしょ?」


「たぶんそうっす。ダンジョンの力を手に入れたとか自慢してました。なんかやらかしたんでしょうね。何かはわからないけど」


「オッケーオッケー☆ようはあいつをぶっ殺すればいいんでしょ。わかりみー♡今ダンジョンの状況は普通じゃないんだ。転送ポートが全部停止しちゃってる。だから一階から上を目指さないといけない。君たちが脱出してきたのが30階。もしアラタっちたちが30階から脱出出来ないのであれば、次に目指すのは40階のセーフゾーンのはず。あそこは森が深いから隠れる場所にも恵まれてるし、いざって時の為の武器弾薬倉庫もある。40階まで一気に目指すには戦力がいる。ウチたちと一緒に行こう。戦友を助けよう!」


「ありがとう先輩!よろしくお願いします!」


 リリハと千晶は拳をぶつけ合う。そして士官候補生たちの志願隊と特戦群は共にモンスター達の間を駆け抜けてダンジョンに突入した。






 祢々は深手を負って気絶した新を背負ったままダンジョンの通路を走っていく。すでに3階分階層を上がっていた。


「アラタ。大丈夫だからね。必ずあたしが助けるから…!」


 応急キットと回復スキルを使って一応の応急処置を施したが、それでも新の傷は深いままだった。傷自体に何かの回復を阻害する呪いのようなものがかかっており予断を許さない状況が続いていた。


「…アラタ。あたしね。アラタがいなきゃいやだよ。アラタがいなきゃこの世界はきっと面白い場所じゃないの。だから守るよ。絶対に守るから」


 すれ違うモンスターをオーラの力で消し飛ばしながら、ダンジョンを進む。マップが指し示す階段への最短ルートを進むが、なぜかこの階だけ通路が崩落してる場合が多くそのたびに迂回せざるを得なかった。


「…アラタ。ごめんね。あたしが間抜けだったから怪我させちゃった。…なのに背負ってるアラタの重みが心地いいの…。ずっとずっと助けてもらってばかりだったから…なのに心地いいのが嫌だよぅ…こんなのいやだよ。あたしがアラタを助けてるのに怖いよう。貰ったものがいっぱいで、やっと返してるって思えるのに、こんな返し方嫌だよ…お願い…お願いだから…死なないでぇ…アラタぁ…」


 祢々は涙を流しながら走る。何かをずっと返したかった。アラタの役に立ちたかった。でもこんな悲惨な形になって、それでも恩を返せたことに嬉しさを感じる自分が嫌で、なによりも新を失うかもしれないことが恐ろしくて涙が止まらなかったのだ。そして通路を抜けると、そこは少し広い円形の部屋であり、行き止まりになっていた。


「路間違えた?!…違う?通路が塞がれてる?!…やられた?!」


 自分が入ってきた通路へ振り向くと、そこから中世風の鎧姿の男たちが入ってくるのが見えた。彼らの顔は良く知っていた。美作の取り巻き連中。祢々は彼らを金魚の糞と軽蔑していた。


「ククク…。斯吹!!丁嵐を渡して降伏しろ!!ダンジョン王・美作様のご命令だからなぁ!」


「ダンジョン王?!お前たちはバカななの!?あいつが王様?!目を覚ましなさい!!」


「お前こそ目を覚ませ!!美作様の力を見ただろう!!彼はダンジョンのサブコアを攻略して、人類生存を脅かすモンスターを自由自在に操る力を手にしたんだ!!あの力があれば美作様はウォーロードさえも超える権力を手に入れることが出来るんだ!従うのが賢明な判断というものだ!!」


 取り巻き連中はみな厭らしく笑っていた。力を手に入れた美作に取り入ってそのおこぼれを手に入れようとしている。


「卑しい連中。自分を磨かずに誰かに魂を売って美味しい所だけしゃぶろうとしてるのね!!ふざけないで!!絶対にアラタは渡さない!渡すもんか!!」


「くくく。じゃじゃ馬だな!まあいい!俺たちは美作様より力を与えられたのだ。多少痛い目を合わせることは許されている!」


 ニヤニヤと笑いながら男たちは剣を抜いて、祢々の方へとじりじりと寄ってきた。祢々はオーラを展開し、戦いに備えた。



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