第12話 砂が堕ちるように

 お台場ダンジョン40階の隠しサブダンジョンは森に設置されている結界の岩々の間をある一定の順序で通過すると行ける森の泉の傍にある。条件を満たさないと辿り着けない空間に存在しているのだ。その泉の傍にある髙さ10mほどのピラミッド型神殿の頂上にある階段がダンジョンの入り口となっている。俺たちは泉の傍を歩いてピラミッドへ向かっていた。


「何ですかねぇ。この古臭い大昔のRPGみたいなセンスのサブダンジョン様はようぅ。こういうところがダンジョンって言う存在の胡散臭さだな。まるでゲームみたいでふざけてるぜ。こんなものがオレたち人類を絶滅寸前まで追い込んだって思うとやるせないね」


 ネヴェイアは侮蔑的な笑みを浮かべて頂上の社を睨んでいる。確かに彼女の言う通り。ダンジョンは実にRPG的な”ダンジョン”と同じような構造になっている。モンスターが出て、宝箱があって、トラップがあって、ボスがいる。


「確かにそうだね。でもなんでダンジョンってゲームっぽい感じなのかな?アラタは理由を知ってる?」


 祢々はダンジョンそのものに興味を持ったらしい。勉強をちゃんとし始めて、世界そのものに興味を持つのはとてもいいことだと思う。


「一説にはダンジョンそのものは人間が知覚できないほどの超多元的なエネルギー構造物らしいんだ」


「超多元的?」


「例えばボールを真っ二つに斬るとその断面は円になるよね?それは三次元の球体が二次元に現れた影と言える。超多元的エネルギー構造体がこの世界がある宇宙空間に現れると、本来なら表現されるはずの次元数が足りないためある意味劣化して現れる。それがダンジョンらしい。ゲームっぽいのは観測者である人類の集合無意識において摩訶不思議な空間がRPG的なダンジョンとして理解されているかららしい。ようはこの空間は本当はダンジョンではないんだけど、人間がここをダンジョンとして解釈しているからそういう風に見えているって事らしい」


「ムムム…。ごめん。よくわかんない。家に帰ったらもっと深く教えてね」


「いいよ。わかりやすく教えるから楽しみにしててくれ」


 今の祢々にはちょっと難しかったようだ。そうこう雑談をしているうちにダンジョン入り口前についた。すでにルシーノヴァとアメフト部の連中20人が陣取っていた。


「遅かったな、丁嵐あたらしあらた!集合時間ギリギリとはなめているのか!?」


「間に合ってるじゃないか。ちょっと余裕がなさすぎるんじゃないか?」


「秩序を守ることこそが指導者の資質だ!!むしろ時間ギリギリに来る方が余裕がない!まあいい。時間ギリギリに来たペナルティだ。ダンジョンにはジブンたちが先に入る!10分後にお前たちは後から入って来い!」


 一方的に先攻を選択してきたルシーノヴァに若干イラっと来たが堪える。だがネヴェイアは額に青筋を立てていた。


「ザケンなよアルファ!テメェらの方が人数が多いじゃねぇか!索敵能力はお前らが圧倒的に優位だ!なのに先攻を譲るなんて許せるわけねえだろ!コイントスで決めろ!」


「ふん!そんなイカサマが入る余地のある決め方などジブンは認めん!シールズ、そもそもお前だって特殊作戦に従事してきた身だろう?我々はここに先に到着した。この入り口を制圧しているのは我々なのだ。なあシールズ?その不利さはお前にならよくわかるだろう?違うか?」


 俺たちのいさかいはあくまでも学内の決闘ゲームみたいなもんだ。いきなり実戦の理屈を持ち出してくるのはフェアではないと思う。


「ちっ!その理屈はわからんでもないが!ただ屁理屈だ!マジでいやな女だなお前よう!」


 ネヴェイアは少し悔し気に顔を歪めていた。ルシーノヴァが言っていることなどただの屁理屈だが、特殊部隊員としては拠点を先に制圧されているようなものだと言われるとなかなか心に引っかかるものがあるのだろう。


「その不利さをたった五分だけで済ましてやろうというのだ。ジブンの寛大さに感謝しろ!」


「くそ女!あと覚えてろよ!!」


 2人のにらみ合いはそれで終わった。ルシーノヴァはベストのポケットから砂時計を取りだして、気取った様子で俺の掌の上に置いた。どこか妖艶でありながら冷たい印象の瞳が俺を睨みつけている。


「10分きっかりだ。まあお前にプライドがないのであれば、この砂が落ちきる前に入ってくればいい。ジブンは一向にかまわんよ。フハハハハハ!」


 ルシーノヴァは高笑いを上げながらアメフト部員を連れてダンジョンへ続く階段を降りていった。ただ階段を降りる直前、祢々に向かって少しはにかみながら小さく手を振っていたのは可愛らしく見えた。


「まじで腹立つ!あの女!ぶん殴ってやりたい!まじでアフガンで殺し損ねたのが悔しい!」


 ネヴェイアは地団駄を踏んでいる。この二人の因縁はなかなか深いようだ。


「ねぇねぇ二人はどんな知り合いなの?別の国の軍人同士って接点無さそうだけど」


 祢々は装備のチェックをしながらネヴェイアに尋ねた。


「軍機だから答えられない。って本当は言いたいんだけど、政府もあの事件については公表しているから構わんだろう。一年くらい前にアフガニスタンで米ソが共同でテロリスト掃討をしたのは知ってるか?」


「それは知ってるね。米露の両軍が共同して勇者派の大物テロリスト、”パーティーメンバー”の通称”重戦士”を殺害したって」


 一年前に米露がアフガニスタンにて共同の軍事作戦を行った。勇者派と呼ばれるグローバルなカルト原理主義者の大物テロリストとその分派ネットワークを壊滅に追い込んだ。"重戦士"殺したのはシールズの隊員だと報道されていた。ちなみに勇者派の大物テロリストは自分を”勇者のパーティーメンバー”と呼称することが多い。なお現在パーティーメンバーを自称するテロリストは100人以上いる。


「そう。表向きはそうなっている。だけど本当はあの時シールズが命じられていたのは魔王派テロリストの殺害なんだ。通称”参謀総長”と呼ばれる所謂、魔王四天王の一人だ。そしてその作戦にソビエトは関係なくてな。シールズ単独の作戦だった」


「”参謀総長”?!あの大物テロリストか!アフガンにいたのか?!あれ?でもなんで勇者派のテロリストを殺害したのさ?それにソビエトが関係ないって…」


 魔王派の大物テロリストは自身の事を”魔王四天王”と呼称することが多い。もっともあくまで自称に過ぎず、四天王と名乗るものが世界には4人以上いる。


「実は偶発的にソビエトからアフガンに潜入していたアルファ部隊とシールズが現場で遭遇しちまったんだよ。お互い隠密の不正規作戦だったから国旗とか部隊章とかが戦闘服についてなくてな。互いの所属を識別できなくて、お互いをテロリストと誤認しちまったんだ。最悪なことにアルファ部隊も俺たちと同じターゲットを追いかけてた。そのまま俺たちは殺し合ったわけだ。まあ幸いシールズもアルファも実力が拮抗してたもんだから、互いに戦死者は出なかった。だけどオレたちがバトったせいでその隙に”参謀総長”には逃げられちまった。いや。あとでわかったんだが、実はCIAもSVRも”参謀総長”の情報操作に引っかかったらしいんだ。敵をもって敵を制するってやつだよな。伊達に20年近く大国の追跡を逃れているわけじゃない。まんまとしてやられた」


「なるほどね。そりゃ互いに気まずいのもわかるね」


「そういうこと。一応ある程度戦ってからお互いの正体に気がついて休戦になった。だけどターゲットには逃げられるやら、一応名目上はダンジョン戦争中は同盟関係にある国同士の部隊が交戦しちまったなんていうスキャンダルやら、俺たちは困ったわけだわ。このまま国に帰ったらいい恥さらしだ。幸い現場は山岳部だったし近くのダンジョンから漏れてるモンスターのジャミングのせいで作戦本部と通信できなかった。だから現場判断で臨時でアルファ部隊と同盟を組んで、山を一つ挟んだところに潜伏してた勇者派の隠し拠点を襲撃して”重戦士”をぶっ殺したわけだ。あとはCIAお得意の世論操作だ。現場の不始末を国家間の美しい友情に基づく誇らしき共同作戦だったということにして公表したんだ」


 どこか得意げにネヴェイアはニヤリと笑った。


「それはなかなか楽しことしたね。もしかしてネヴェイアが思いついたの?」


「そうさ!こういうのは得意だぜ。まあオレだけじゃなくてあの冷血女も思いついたんだけどな。背に腹は代えられんからな。あいつと二人で作戦を練って皆に提案した。シールズとアルファの両隊長はそれを認めてくれたし、隊員たちも乗り気になってくれた。作戦が採用されたささやかなお祝いで、あいつとオレは水筒で乾杯した。あれがきっと人生で一番うまい水だった」


 楽しい思い出なのか、柔らかな笑みでネヴェイアは語る。その様子を見た祢々は首を少し傾げる。


「あれ?もしかして2人は仲良かったの?でも喧嘩しっぱなしだよね?」


「…わりぃがそれは言えない。だけど一つだけ言える。あの作戦が終わるまで、俺はあいつのことを戦友だと思ってた」


 ネヴェイアは少し悲し気に目を細めて砂時計を見た。砂時計の砂はさらさらと下に落ちていく。そして最後の一粒まで下に落ちきった。それを見届けたネヴェイアはストリングで体の正面に吊るしていたライフルを手に取り構えた。


「時間だな。ボス。号令を頼む」


 祢々もライフルを構えて、俺の号令を待っている。


「OK.じゃあ行くぞ皆!俺は必ず勝つ!俺を信じてついてこい!!」


 俺もライフルを構え、大きな声で叫ぶ。


『『Sir!Yes!Sir!!』』


 そして俺たちはダンジョンへと突入した。

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