第2話 あぶれもの同士でペアを組めって言う教師は絶対にクズ!

「どういうことなのラエーニャ!!話が違うじゃない!!」


 斯吹しぶきは席を立ちあがり俺たちの方へとすごい剣幕で詰め寄ってきた。


「話が違う?私はちゃんと優秀な隊員を紹介するとあなたには伝えたはずですが。というかいつも言っていますけど、オリヴェイラ先生、もしくは准将と呼びなさいと言っているのですが」


「ラエーニャ!わたし言ったよね!男とは絶対に組まないって!なんで男なんて連れてきちゃうの!?しかもそいつ!あの美作のゴミカス野郎の手先じゃない!あたしがあいつのこと大嫌いだって知ってるでしょ?!」


 視線で人が殺せるならば俺は今頃この子に殺されてるだろうなってくらい睨まれていた。斯吹は新学期早々に美作と派手な喧嘩を起している。食堂で言い争いになり、Aランクステータスを持つ美作を一方的にボコボコにしたのだ。さらに止めようとした取り巻き連中さえも一緒にフルボッコ。噂によると付き合っていた二人の喧嘩がエスカレートしたとのことらしいのだが、斯吹のこの尋常ではない美作への嫌悪を見るとどう考えても恋人同士だったとは思えない。喧嘩の理由は別にありそうだな。


「斯吹候補生。あなたの個人的選好はこの際どうでもいいのです。派手な暴力事件を起こしたあなたを小隊に入れるような奇特な者はこの学校にはいません。あなたに選択の余地はないのです」


 若干声にいら立ちみたいな色を滲ませながら、ラエーニャ先生はそう吐き捨てた。斯吹はラエーニャ先生の事を信用してるし好きみたいだけど、逆はそうでもないみたいだな。どういう関係何だこの二人?


「悪いのは美作のクソ野郎のせいでしょ!!あんなおかしな噂流して!!御蔭でクラスにもいられなくなった!あんなひどい噂のせいで男子たちはあたしを見るたびにヤラせろって言ってくるし!そいつもそうなんじゃないの!?この間ダンジョン受付で見たわよ!!そいつが美作の小隊にいたところを!!どうせあいつの送り込んできたスパイだ!!あいついつもあたしに電話してくるし!メールもメッセもうざいくらい届くし!帰り道にも待ち伏せしてるし!もういや!いやなのに!!」


 この子にはもう一つ嫌な噂が流れている。曰く夜な夜な街を出歩いては、男と円光したりナンパについていっているなんて言う話。とは言え俺も何度か繁華街でこの子が制服のままウロウロしているのを見たことがある。男と連れ立って歩いているのを見たことあるが、どう考えても円光やナンパとは言い難い剣呑な雰囲気だったことをよく覚えている。噂の真偽はともかく半分涙目で俺の事を睨んでいる斯吹に俺は憐みの感情を強く抱いた。どうやらこの子もあの学園の暴君の犠牲者らしい。というか付き纏われてるのか。怒りがふつふつと湧いてくる。


「あーちょっといいかな。斯吹さん。俺は美作の手下や取り巻きじゃない。むしろ逆だ。俺はあいつに嫌われてね。小隊を追い出されたんだ。ははは」


「…ほんとなの?ラエーニャ?」


「名前で呼ばないでください。新さんが言っていることは事実です。この子は美作候補生とは友好関係にはありません。あなたと同じく彼のハラスメントの被害者の一人です」


「…ラエーニャが下の名前で呼んでるの…?あたしだって下の名前で呼ばれないのに?あんたなにもん?」


 何処か戸惑いを滲ませた声で斯吹は言った。


「敵の敵なんで君の味方だよ。まあ俺の事を信用するのは難しそうだね」


「男なんて信用できるわけないでしょ。どうせあんたもあたしとヤリたがってるクチでしょ?違う?」


 他の女の子が言ったなら鼻で笑えるけど、この子の場合周り男たちがこの子の美しさにすぐに惑わされるだろう。男への警戒感が高くても納得は出来る。


「まあ君はすごい美人だしね。残念ながら男であれば誰でも君が欲しいとそう思うだろうね。そこは言い訳しないよ。でもこれからこのクラスでやっていくにあたって君に性的なアプローチは絶対にしないと誓ってもいいよ」


「…何言ってるの…?そんなの信用できるわけ…」


「俺はラエーニャ先生のことをラエーニャって呼んでも怒られないくらいには信用されてるよ。俺を信じなくてもいいからあんたが好きなラエーニャ先生の人を見る目は信じてみたらどうだい?」


 こういう心の殻に籠った女の子を解きほぐせるほど、俺はモテる男じゃない。だけどこの子が好きな人に贔屓されているんだ。それを利用しない手はない。


「…ラエーニャはこいつのことを信じてるの?」


「はい。今のあなたを任せても問題ないと判断するくらいには信じていますよ」


 ラエーニャ先生は柔らかな笑みを浮かべてそう言ってくれた。そこまで信用されていることには嬉しさを感じる。同時になんでこの人が俺にそんな信用を置いているのかがわからなくて若干戸惑う。一応去年の成績は異能力実技を除けば俺が首席だったからだろうか?


「…あたしはあんたを信用しないわよ。でも一応小隊を組むのは承知してあげる。どっちにしろ他に組める人もいないし…あたしも退学は嫌だもの…」


 一応説得には成功したようだ。これで学生小隊の最低規程人数の二人という条件を満たせた。


「では話は纏まったところで、2人に今後の事を説明します。2人はこれからはこの零組の生徒として授業を受けてもらいます。もともと軍事教練や士官教育専門課程の授業は学年共通で大講堂や教科室で受けるのが当校のルールですが、数学や理科などの教養科目は各教室でクラスメイトと一緒に受けるのが当校の特色です。これは兵役の若年化著しいこの時代においても、あなた方には情操教育の一環としてかつての豊かな時代と同じ学生生活を少しでも受けて欲しいという大人なりの配慮となります」


 この世界には余裕がない。日本なんかはまだましな方。こうやって俺はこの士官学校で高等教育を受けていられている。だけどここは試験を潜り抜けた者しか入れない超エリート校なのだ。今の日本では中学校までの義務教育までしか学校に行けない者の方が圧倒的に多い。高校に進学できるのはごく一部の富裕層か勉強がものすごくできる奴だけ。大学なんてさらに絞られたエリートだけ。あとの者は中学を卒業したらダンジョン対策のための兵役が待っている。日本は世界的に見てもダンジョン対策がうまく行っている方で、モンスターが外まで湧いてくるのを抑止出来ている。だけど他の国はそうではない。ダンジョン対策は全世界的な課題であり、そのために国家の枠を超えて活動できるように国連軍が安保理の下で結成されている。日本も国連加盟国として国連軍に人員を送り込む義務を負っている。というかむしろ相対的に国力を維持できている日本はアジア地域のダンジョン対策の為に人員を積極的に供出しないといけない立場だ。男子は前線のダンジョンや外に出てきたモンスターとの戦闘に駆り出され、女子は後方支援につくのが一般的になっている。その代わりに日本はダンジョン資源の優先取得や、経済圏確保ができているという余裕のなさすぎる世界情勢がある。兵役が逃れられないならば、いっそのこと士官学校に行こうと思ったのが、ここにいる理由の一つだ。卒業すれば学士号も貰えるから大卒扱いだし、除隊した後でも就職には困らない。


「なのでこれからは二人で授業を受けてもらいます。一般教養科目は私が面倒を見ます。ですがその…新さんには斯吹候補生の勉強のチューターをしてもらいたいのです」


「チューター?俺も学生なんですけど?」


 大学とかにはあるそうだけど、うちの学校にはダンジョン攻略演習で成績優秀な先輩がチューターになるケース以外はなかったはず。この学校で勉強で躓く奴はいないのだ。





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