第3話 二人なら超えられる未来について語ろう


「あなたは成績優秀でしょう?もう教養科目単位の卒業必要要件は満たしています。ですがそこの斯吹候補生は違います。…平たく言えばおバカです。私はこの子に勉強を教えることについて匙を投げました。めんどくさいので新さんが面倒を見てください」


「ラエーニャ?!あたしのことバカっていった?!」


「ええ。事実は事実です。あなたは私が異能力の特異性だけで裏口入学をゴリ押ししたからこそここにいるんです」


「うそ?!あたしって裏口入学だったの?!あたしは自力で試験に受かったんじゃなかったの?!そんなぁ!?」


 異能力で優遇されるのは冒険者専門学校だけだと思ってたよ。士官学校にまさかの裏口入学があるとはね。だけど斯吹はそれが許されるレベルの異能者ってことだよな。


「ぶっちゃけますが、この子の学力はドン引きレベルで低いです。中学卒業さえ怪しいレベル。新さん。放課後も含めてつきっきりで勉強を仕込んでください。それこそ寝る時間以外は一緒にいるレベルで勉強を教えてください。このプレハブ棟については寮の門限まで使用することを認めます。この子にまっとうな学力を身につけさせてください。でないと小隊演習以外の理由でこの子を退学にせざるを得なくなってしまうのでね」


「マジかよ…。そうなったら俺が組める相手がいなくなる。俺もヤバイって事か…。でも先生。俺放課後はバイトしてるんですよ」


「この子への指導についてはチューター手当を出します。時給2000円。成果が出ればベースアップします。さらに期末の試験成績が良かったらさらにボーナスを出します」


「やります!やらせてください!」

 

 正直な話金には困ってたからこの申し出は嬉しい。それこそ四六時中いっしょにいるってことはかなりの額になること間違いなしだ! 


「ちょっと待ってよラエーニャ!こんな良く知りもしない奴とずっと一緒にいろって!いくらなんでもあんまりでしょ!」


「あなたがおバカだからこれは仕方がない措置です。それに同じ小隊を組むのであれば、互いに時間を過ごして相互理解に努めて欲しい。命を預け合うんです。互いの事はちゃんと知っておいた方がいい。あと名前で呼ばないでください」


「別にあたしは強いからダンジョンで後れなんて取らないし!」


 自信があるのは結構なんだけどね。


「そりゃ舐めすぎだわ。ダンジョン舐めすぎ。お前授業以外でダンジョン潜ったことある?」


「ないけど。でも行く必要ないし。冒険者ライセンス持ってないからそもそも授業の演習以外ではあたし潜れないし。てかライセンス試験落ちたから関係ないし!」


 冒険者のライセンスを取るのはそんなに難しくない。中学校を卒業したら受けられるペーパー試験と、その後一日程度で終わる研修を受ければ即時発行される。それに落ちるレベルって相当ヤバいな。気合入れて教えないと。


「お前は速攻で美作と問題起してるから教官なしでダンジョンに潜ったことないんだろ?」


 一学年ではダンジョンに潜るのは教官と一緒での演習のみだ。二学年からは学生だけで小隊を組んでダンジョンに潜る。一応制度上は一学年でも学生小隊に入れるが、よほど優秀なもの以外は学生小隊が採用を嫌がるのでほどんど一年生はいない。俺は先輩に良くしてもらっている人がいるので、その人に連れて行ってもらっていたけど。


「だから何よ。モンスターなんて雑魚でしょ。あたしはこれでもAランク以上の異能者なんだけど」


「ククク…。新人さんはこれだから困る!ラエーニャ先生!今からこの子とダンジョンに潜ることにします!」


「…そうですね。斯吹候補生はまだ小隊活動してないわけだし、丁度いいかも知れないですね。いいですよ。行ってきてください。その子にダンジョンの現実って奴をわからせてやってあげなさいな」


「わからせる…?あたしが?超強いこのあたしが?…あたしあんたになめられてるの?」


 斯吹は俺の事をご機嫌斜めな目で睨んでいる。異能力にはプライドがあるようだ。でも異能力だけでなんとかなるなら人類はこんなに困ったことになってないんだよ。冒険者だけではどうにもできないからこそ軍があるのだ。


「舐めてないよ。ただ今後やっていくならば、ダンジョンはヤバいって理解してもらわないといけない。それだけだよ。斯吹さんはなんでこの学校に来た?」


「ラエーニャがここに入れって言ったから。あと施設育ちだから進学するお金がないの。養ってくれる家族はいないから、兵士になるか水商売くらいしかあたしに出来る仕事はないの…だから他に行くところなんてあたしにはないのよ…」


「でもまだ未来を諦めてないんだろ?俺もそうだ。俺たちには余裕はない。どっちにしろダンジョン潜って兵隊やるしかできることはない。でもまだいい未来が来るって少しは信じてる。ならちゃんと生き延びるための努力をしないといけない。ダンジョンは怖い所だよ。俺たちの命を容易く奪っていく。だから俺が教えるよ。ダンジョンの潜り方、生き延び方、そして目的を達成する力って奴をね」


「未来…?そんなのあたしたちにあるのかな?…美作ごときに邪魔されたくらいで、行き辛くなっちゃうあたしたちに…」


 俯いてやるせなさげに声を震わせる斯吹に俺は悲しさを覚える。もしこの世界に余裕があれば、例えば転校して美作のハラスメントから逃げたりできるんだろう。でもそんな余裕は俺たちにはない。ここをやめたら俺たちは兵卒として招集されるだろう。戦闘訓練は受けさせてもらえるが、それも十分とは言い難いものだ。その状態で世界各地の危険な戦線に放り込まれる。死亡率は恐ろしく高い。スタータスシステムと相性が悪いFランクの俺では生き延びられないかも知れない。斯吹だってそうだ。すごい異能を持っているようだが、戦場ではそんなものはあてにならない可能性がある。初見殺しのモンスターとばったり遭遇してあっさりと死ぬなんてこともありうる。あるいは戦場で悲惨な目に合って心を病むなんてこともあるだろう。女の子だからそういうケースだと後方へ移送されるが、その後は治療もないまま社会に放り出されて壊れた心で体を売るようなことしかできないだろう。どっちにしろ悲惨だ。


「でも俺もいるよ。俺も君も残念ながら美作程度の奴に足を引っ張られただけで、四苦八苦するような雑魚だ。ぶっちゃけ悔しいよ。俺もあいつの顔を思い切りぶん殴ってやりたい。でも俺たちは運よく出会えたよ。互いに同じ痛みは知ってる。だからきっと仲間になれると思う。どうだろう?とりま試してみないか?俺たちの相性って奴をダンジョンでね!」


「…あんた変わってるね。男子っていつも強がってオラついてる生き物でしょ?自分で雑魚って言っちゃうの?」


「今の自分は認めるよ。仕方がない。悔しいけど俺は弱い。でも…明日は俺も君も強くなってるかもしれないよ」


「変なの…。でも…そうね…。もしかしたら明日はマシなのかもね…。わかった。潜りましょうか。まああんたが雑魚だってわかってお終いかもしれないけどね…。でもあたしに少しは期待させたんだから頑張ってよね」

 

 斯吹は柔らかく微笑んでくれた。それはとても綺麗で可愛らしいものだった。こうして俺たちはダンジョンに潜ることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る