シーズンⅠ・エピローグ

 お台場ダンジョンでの事件の後始末が終ってすぐに、俺は祢々を連れて妹の見舞いに行った。今回の騒動で俺は確かに死にかけた。軍人である俺はいつ死んでもおかしくない。いままでは学校の成績が良かったし、演習でもそつなく戦闘をこなしていたから多分何処かで驕りがあったんだと思う。だから大切な妹の顔を見たかった。自分が守るべき相手をちゃんと認識すれば、今後はちゃんと生き残るために全力を尽くせる。そう思ったからだ。湘南の療養所やってきて、礼无れいなの病室に入った時、俺はひどく驚いたのだ。


「あっ!ヤッホーお兄ちゃん!元気みたいだね。良かったー。ニュース見て心配だったんだよ!お台場ダンジョンからモンスターが湧いてきて巻き込まれたって聞いて気が気じゃなかったんだから」


 礼无はベットの背もたれを垂直に近い状態まで起こして、そこに身を預けていた。そして俺の方に首を向けて笑みを浮かべて、手を振っていたのだ。


「礼无?!起きられるのか?!」


「うそ!レイナちゃん!体、大丈夫なの!?」


 俺と祢々はすぐにベットまで近寄った。そして俺は礼无の手を握った。

 

「うん。なんか名医さんが来てくれてね。新しい治療法を試してくれたんだって。そしたら首と手が少しだけ動くようになったんだよ」


 礼无は手をゆっくりとぎこちなく動かした。動けない日の方が多かったのに、これは大きな進展だ。希望が見えてきた。妹の体はもしかしたら治るのかも知れない。


「そうか!そうなのか!あはは!そう…良かった…礼无…本当に良かった…」


 感極まって思わず泣きそうになる。そんな俺を見ながら礼无は俺の頬をぎこちなく撫でた。


「これでも泣けないんだね…。本当にお兄ちゃんは重症だなぁ…でも喜んでくれてるなら今はいいよ」


 礼无はふっと微笑んだ。この子の笑顔を久しぶりに見れた。そのことがとても嬉しかった。


「しかし名医が来たなんて話は聞いていないんだけど。新しい治療法を試すなら俺にも話してほしかったよ」


「え?治療を担当したラエーニャ先生はちゃんとお兄ちゃんの承認は取った言ってたよ。お兄ちゃん忙しいから書類とか連絡とか適当に捌いたんじゃないの?」


 聞き捨てならない名前が出た。ラエーニャ。そんな名前の奴は一人しかいない。祢々も戸惑いを隠しきれていない。だけどそれは礼无の前でする話じゃない。


「そっかー。俺も確かに最近はドンパチばっかりでごたごたしてたから見逃しちゃったのかもな。あはは!」


「駄目だよお兄ちゃん!将校目指してるんだからそういう事務手続きは見逃しちゃだめだよ!祢々さん!お兄ちゃんのことちょっと見ててあげてください!」


「あはは。うん任せて。抜けてるところはちゃんとフォローしておくからね」


 俺と祢々はラエーニャについては口に出さず、礼无との歓談を楽しんだ。礼无も多少は動けるようになったとは言えどもそれは一日中続けられるものではないそうだ。そのうちに疲れが溜まってしまった礼无は静かに眠りについてしまった。俺たちは病室を出て、すぐに療養所を後にした。向かう場所はただ一つ。




 士官学校の校庭の端に設けられた零組のプレハブ棟。中には様々な部屋があるが、教官室の名目でラエーニャの執務室もある。俺と祢々はノックもせずに教官室に入り、デスクで仕事をしているラエーニャの前に立つ。


「陛下。どうかしたのですか?なぜ私を睨むのでしょうか?礼无様の病状は良くなったでしょう。喜んでいただけるものと思ったのですが」


「ああ。もちろん嬉しいよ。礼无はずっと寝たきりだった。いつ死ぬのかもわからなかくて毎日怖かった。だけど初めて希望が見えた。だけどその希望にはお前の影がある。妹をどうやって治した?ステータスシステムのスキルにもあの子を治せるスキルはないんだ。なのにどうやってお前はあの子を治したんだ?」


 ステータスシステムを掌握しているからこそよくわかる。妹の病状を治すスキルはステータスシステムでも供給できないのだ。『王様の力』の使い方を思い出したからわかるのだが、妹の病状はスキルの限界を超えた因果律レベルの呪いに近いのだ。それをどうこうできる技術はこの地球上には限られた数しかないはずなのだ。


「回収したダンジョンサブコアの力を使いました。ダンジョンは異次元の力を引き出すことが出来ます。この世界の理とは異なる異質な力を人に与えることが出来ます。それで礼无様にかかった病の進行を遅らせました」


「遅らせた…つまり治ってるわけではないと?」


「はい。サブコア一つでは礼无様の病を癒すことは出来ません。そう一つではね…」


 ラエーニャは何処か悪戯っ子のようなコケティッシュな笑みを浮かべて俺を見詰めている。その楽しそうな顔が心底癪に障った。だけど続きを聞かなければいけない。俺の希望はこの女が隠してるのだから。


「含みがあるね?言えよラエーニャ。怒らないから言ってごらん?ん?」


「くくく。サブコア一つでは大きな力を出せません。ですが数が揃えば別です。礼无様の体を完全に癒すことが出来ます」


「つまりダンジョンを攻略してサブコアを集めろと?」


「はい陛下!その通りでございます!こちらの資料をどうぞ!」


 ラエーニャはデスクの引き出しから国連軍の機密指定がついたファイルを出して俺に手渡してきた。


「ダンジョン攻略専門の特殊部隊設立計画?」


 ファイルには世界各地のダンジョンを攻略するための特殊部隊設立についての資料が挟んであった。


「はい。名目上の司令官は私ですが、陛下の為の軍を作るためのカモフラージュ計画です。まずはダンジョンを攻略する特殊作戦からはじめて実績を積み重ねて人材を得て、陛下の勢力を伸ばそうと考えております。このご時世、ダンジョンさえ攻略できればすべての政治的障害は跳ね除けられますからね。王国の建国の日は近いのですよ。ふふふ、あはは!」


 陰謀大好きなラエーニャは俺を君主とした国家を創ることを夢見ているようだ。もちろん俺はそんなものに欠片も興味はない。


「俺は国なんていらない」


「ええ、よく存じております。あなたは無欲なお人です。だからこそ王に相応しく、それゆえに人民に裏切られてしまった。ですがもう失敗を繰り返させるつもりはありません。陛下は世界の統治権を総攬するべきお方。秩序もなく規律もなく道徳もない人民を正しく統べることができるただ一人の聖なるお人。陛下。陛下の御意志は存じております。ですが陛下が玉座に座ってこそ、世界は恙なく廻るのですよ。陛下こそが世界です」


 俺の過去は未だによくわからない。一体何があったのか。ラエーニャはそれを語る気がない。俺と深い関係にあったであろうウォーロード達も話す気がない。俺が自分の力で思い出さなきゃいけないのだろう。本当にめんどくさい女たちだ。


「そんな誇大妄想には付き合いきれないね」


「いいえ。いずれ陛下にもわかっていただけるものと私は確信しております。まあ、今はいいでしょう。ですから今は私も人質を取らせていただきます。礼无様を助けるには世界各地のダンジョンに潜り、そのサブコアを回収するしかないのです。そのためには自らの部隊を構築する必要があります。陛下。もうわかりますよね?」


「ああ。お前の考えた陰謀に乗っかる以外に俺に選ぶ道はないってことだ。…くそ…なにが臣下だ…俺はお前から見ればただの神輿じゃないか…!」


 妹を助けるためには世界各地のダンジョンに潜る必要がある。だけどただの学生の俺にそんなことは政治的にも能力的にも出来っこないのだ。だがラエーニャはその手段を用意できる。必要な予算、人材、装備、政治的手段。いくらでも用意してくれる。俺はこの女の書いた筋書きで、王様への道を歩むしかないのだ。でも納得はいかなかった。だから俺は押し黙る。


「ラエーニャ。あたしも聞いてもいい?」


 祢々が少し暗い表情でラエーニャに問いかけた。

 

「何ですか祢々?」


「ラエーニャのやり方でアラタは幸せになれるの?」


「はい。私はそれを確信しています。陛下の幸せが私のすべてです」

 

 淀みなく答えるラエーニャは優し気に微笑んでいる。そこに嘘はきっとない。この女はやってることはめちゃくちゃだが、全ては俺のことだけを考えた行動だ。俺もそれを知っているからこそ、どうしてもこの女を強く責められない。こいつが美作を煽ったからこそ、多くの人間がその巻き沿いを喰らって死んだのに、俺にはラエーニャを責められない。俺はラエーニャの利益受益者なのだから。責める資格がない。


「じゃあその幸せの中にラエーニャはいるの?」


 祢々がその質問をした時、ラエーニャは一瞬顔を曇らせたように見えた。


「ええ。だって私は陛下の第一の臣下プライムミニスター。そう。だから…永遠にお傍でお仕えしますよ…きっとね…」


 ラエーニャはいつものように人を食ったかのような笑みを浮かべている。なのに俺にはそれがとても寂しいものに見えた。


「ラエーニャ…。そう…うん。…わかった。あたしも協力するよ。あたしもアラタのミニスターだから…」


 祢々はどこか悲しそうに眉を歪めている。優しい彼女もまたラエーニャの影に気がついている。


「ラエーニャ。お前の構想はわかった。取り合えず今は乗っておく。どちらにせよ。あれだけの騒動の後だ。大国は必ず監視の目をここに向けてくるだろう。いずれは俺がステータスシステムの供給源だってことがバレるかも知れない。それまでに自前の戦力は確保しておかなきゃいけない。じゃなきゃ大切な人たちを守れないんだからな。計画は承認する。良きに計らえ」


「畏まりました陛下。すべてはこの私にお任せあれ」


 ラエーニャは恭しく俺に頭を下げる。もう俺は逃げられない。いままでは戦う以外に生活する術を知らなかったから戦ってきた。作戦の中で人を殺したことはあったが、それは軍の命令の下の行動であり罪悪感など感じることなんてなかった。だけどこれからの俺は自分の為に戦うことを選ぶしかないのだ。きっと多くの犠牲を出すことになる。他人の命を消費して自分の願いを叶えることはきっと罪だろう。だけどその罪を背負おうと思う。俺は愛しい人を救うために、王様になろうと決めたのだ。



 シーズンⅠ・完! 


 シーズンⅡへ続く!

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