ヒロイン追放Ⅰ トライデント・シールズ



アメリカ合衆国 バージニア州バージニアビーチ 


 

 海軍基地のミーティングルームに迷彩の制服を着た一人の少女が呼び出されていた。肩に触れるくらいのミディアムの赤毛を持った少女は長いテーブルに着席した将校たちと向かい合う様にして立たされている。厳しい表情を浮かべる将校たちに対して、少女の方は不敵な笑みを浮かべている。美しくともまだ幼さが残る顔立ちにその笑みは良く似合っていた。青い瞳には自信の光が宿っているように輝いて見える。


「で、今日はオレに何の用っすか?昇進?それともやっとオレにチームを任せてくれるってことですかね?」


「口を慎め!ネヴェイア・ラーウィル二等兵曹!我々の問いかけに対してのみ返事をしろ!」


 将校の一人がネヴェイアの舐め腐った態度に対してテーブルを叩きながら怒鳴った。だがネヴェイアは頭の左側で結んだサイドテールの毛先を弄りながら聞き流す。


「え?これってオレへの詰問とか査問とかなんですか?なら帰っていいすか?オレは世界最強の特殊部隊ネイビーシールズの一員として自己研鑽に励まなきゃいけないんですよ。くたびれたおっさん将校共のお説教なんて聞いてる暇はないんだわ」


「士官相手に舐めた口を利くじゃないか。例え貴官が準戦略級天然異能者であっても、軍隊の秩序はそれ以上に重いのだがね。つくづく舐め腐っている」


「あんたたちみたいな会議室で紙と睨めっこしてる能無し共よりも、合衆国の敵を戦場で殺しまくってるオレの方が偉いに決まってんだろうが。あはは!悔しかったら戦場に出て見ろよ!」


 ネヴェイアは将校たちを嘲笑っている。将校たちは自分よりも一回り以上に若い少女に笑われたことに青筋を立てていた。


「っち。ステータスシステム出現以降の異能力偏重主義は軍を間違いなく歪めてしまったな。こんな愚かな小娘のご機嫌を取らなければ戦えないなんてふざけた話だ。まあいい。二等兵曹。これを見ろ」


 将校の一人がやるせなさげに首を振りながら、会議室のモニターに軍事衛星からの偵察映像を表示させた。そこには上空から捉えられたダンジョンの姿が映っていた。そして一筋の光がダンジョンの黒い渦の外面から突き抜けていく風景が映った。


「うん?これダンジョンか?ひゅー!ビームか?何の異能だ?ダンジョンを突き抜けて外まで突き抜けるなんてとんでもねぇ威力だな」


 ネヴェイアは口笛を吹きながら、興味あり気にモニターを見ている。


「そうだ。日本のお台場ダンジョンにてこれが確認された。各種測定結果から、この光の砲撃は推定でもSランク相当の戦略級異能攻撃であると考えられる。状況から推測するとおそらく自衛隊、日本国連軍の将兵、または士官候補生のいずれかがこの異能を使ったと思われる」


「ふーん。つまりオレたちシールズにそいつを始末させたいって事か?」


「違う。話は最後まで聞け。現在CIAが使用者の調査を行っている。なのでネヴェイア・ラーウィル二等兵曹もその調査に協力してもらうことになった」


 将校の一人である基地の参謀長がにんまりと楽し気にそう告げた。ネヴェイアはそれを聞いて戸惑う。


「調査に協力…?はぁ?オレはシールズの隊員だぞ。スパイじゃない兵士だ。なんでCIAなんて陰険な根暗共と一緒に仕事しなきゃいけないんだよ」


「CIA側の要望でね。Sランク相当の異能者相手には同じくらいの手練れを用意しておきたいそうだ。牽制の一環だよ。アメリカとしてはターゲットに対して揺さぶりをかけたいのだ。暗躍する他国に対してもいい示威行為になる」


「政治ゲームの駒をやれってか?くだらねぇ。オレはごめんだね。そんなくだらない任務はお断りだね」


「あいにくだがこの任務はもう決定してるんだ。辞令を出す。本日付けを持って、ネヴェイア・ラーウィル二等兵曹をアメリカ海軍から日本国連軍に出向とする。所属先は国連軍士官学校日本校。おめでとう。貴官は下士官から士官候補生へと昇進となる。君の今までの輝かしい功績に対する軍からのささやかな報奨だよ。国費留学生として士官学校でノビノビと学生生活を送って欲しい。是非受け取って欲しい。君の将来を考えての事なんだよ。ここで一度現場から離れて学ぶのは君のキャリアを豊かにしてくれるだろう」


 将校たちは皆一様に意地悪そうに笑っていた。ネヴェイアは眉を吊り上げて怒る。


「ふざけんな!オレは世界中のテロリスト共を皆殺しにするために軍に志願したんだ!現場を離れるなんて冗談じゃない!!それにオレはシールズだ!キャリアはここで積めばいいんだ!士官学校になんて行く必要はない!」


「ああよく知ってるとも。君のご両親は痛ましいテロでお亡くなりなられた。わが国には残念ながら敵が多い。我々アメリカ軍人は日々世界を脅かそうとするテロリストたちと戦い続けることが使命だ。だけどテロリストは一朝一夕にはいなくなったりはしないよ。むしろ国連軍でだってテロリストと戦う機会はあるんじゃないだろうか?テロと戦いたいというならば別にアメリカ軍でなくてもいいのではないだろうか?国連軍でも君の能力は十分に生かせるのではないだろうか?」


「国連軍なんて二軍連中なんかに誰が行くかよ!オレはシールズをやめる気なんてない!日本には絶対に行かない!!」


「もう決定したことだ。軍の命令は絶対だよ。まあ不満があるのは理解した。だから君のチームに相談してみたらどうだろうか?チームメンバーが君を引き止めたら、我々もこの任務に君を派遣するのはやめてもいいよ」


 参謀長は優し気だが何処か冷たい笑みでそう答えた。ネヴェイアはそれを見て不敵には笑う。


「相談?はっ!オレみたいな有能で強い隊員をチームが手放すものかよ!」


 そしてネヴェイアはすぐに会議室から出てシールズのオフィスへ行った。オフィスには十数人はいるチームのメンバーが全員揃っていた。皆一様に能面のような冷たい顔で部屋に入ってきたネヴェイアを睨んでいた。だがネヴェイアはそれに気がつかないままに、チームの隊長に話しかける。


「隊長!聞いてくれ!くそったれの将校共がオレを日本へとばそうとしてやがるんだ!」


「ほう。現場に余計な口しか挟まない将校共がたまにはまともなことをしてくれるじゃないか。よかったじゃないか。行って来ればいい。そして戻ってこなくてもかまわない」


 チームの隊長は皮肉気な笑みを浮かべて冷たくそう言い放った。


「え…隊長…なんで…オレはチームの仲間じゃないか…なんで…?」


 ネヴェイアは隊長の冷たい拒絶に声を震わせる。このチームと共にネヴェイアは世界各地の戦場で多くの死線を潜ってきた。戦友としての深い絆があると信じていたのだ。


「仲間?お前が?お前みたいな奴が仲間?はっ!何の冗談だ?ふざけるなよ!お前は自分が何をしたのか忘れたのか?」


「何をしたって?何のことだよ…オレはチームに迷惑をかけるようなことは何もしてないじゃないか!むしろ活躍してたじゃないか!オレはシールズで一番強い兵士だっただろう!一番を戦果を挙げてた!このチームに貢献してきた!そうだろう!」


「そうだな。お前は確かに戦果だけは挙げてた。お前以上に強い兵士はアメリカ軍でも片手で数えられるくらいしかいないだろう。確かに優秀な兵士だ。…だがそれは仲間の条件じゃない。コンラッド・アストリー。覚えてるよな?」


 隊長がその名前を口にした時、チームのメンバーが悲し気に顔を歪めた。中には微かに泣く者もいた。ネヴェイアだけがきょとんとしていた。


「コンラッド?ああ、よく覚えてるぞ。チームのメンバーだったしな。でもそれがどうしたんだよ?もう戦死した奴が今のこの状況に何か関係あるのかよ?」


「あるに決まってるだろう!!お前は!お前は!コンラッドの葬式に顔を出さなかった!!あの日何をしていた!?言ってみろ!」


「何って。基地で訓練してたよ。オレは戦場で後れを取りたくないし、一人でもテロリスト共を効率よくぶち殺してやりたいからな。腕を磨かなきゃいけない」


 ネヴェイアはあっけらかんとそう答えた。それを聞いたシールズの隊員たちは一様に怒りを剥き出しにしてネヴェイアを睨む。


「それが間違ってるとなぜわからない!仲間が戦死したのにそのお前は葬式にも出ない!冗談じゃない!!コンラッドは俺たちのチームメンバーだ!戦友だぞ!!お前は何も気にしてない!そぶりさえ見せない!そんな冷たい奴は仲間じゃない!!だから俺たちは決めたよ」


「決めた…何を…?」


 ネヴェイアは隊長とチームメンバーの尋常ではない様子にやっと気がついた。だがそれはもはや手遅れだったのだ。


「ネヴェイア・ラーウィル二等兵曹。お前をシールズから追放する。胸につけているトライデントを置いて行け。お前のようなろくでなしにその徽章はつけさることは許さない」


 静かで厳しい声には有無を言わせぬ迫力があった。周りのチームメンバーも無言でネヴェイアを睨み続けていた。


「…え…あ…そんな…オレは…だって…ずっとチームに尽くして…」


「お前はチームに尽くしてない。チームを、シールズを、軍をテロリストへの復讐のために利用し続けていただけだ。両親の復讐は否定しない。軍に来る人間にはそういう者は多いのだからな。俺たちだってテロリストを許す気はない。だがそれは隣で戦う戦友に優先する感情じゃない。俺たちは友の為に戦っている。お前は違う。志を同じくしないものとは戦えない。トライデントをおいて行け。お前に少しでも誇りがあるのならばな」


 ネヴェイアは俯き体を震わせる。口を引き結び必死に涙を堪えた。そして胸につけていたシールズの徽章であるトライデントマークを取って近くのテーブルの上に置いた。


「ネヴェイア。戦場は一人で戦うには寂しい所だ。次に行くところでは戦友が出来ることを祈ってるよ」


 部屋から出ていくネヴェイアの背中に隊長から最後の言葉が投げかけられた。だがそれに対してネヴェイアは返事が出来なかった。そしてその日のうちに彼女は日本へと旅立ったのだった。







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